Diary(思い出の記録) Vol.9
   <09・7月〜12月>

 いよいよサンクトペテルブルクとプラハへ!夢が叶った瞬間だった。信じられないというより
も、とうとう行くことになったのだなというのが実感だ。
 父方の伯母と母の友人の一行五人で行った。今回の旅行は鹿児島空港からチャーター便
で行くもので、行き帰りも安心だった。いろいろ書きたいことがたくさんあるが、詳しくはサンク
トペテルブルク・プラハ紀行で書いていこうと思う。

12月8日

 

 東武日光駅で列車を降りると、11年前のままお
変わりのない小林先生のお姿があった。
 小林先生のお車で日光・いろは坂へ。金曜日
にもかかわらず、午後から上ったためにあまり渋
滞もなく、スムーズだった。
 11年前は12月だったので、紅葉もなくて寂しい
風景だったが、今回は天気もよく、紅葉が陽に映
えて美しく、感動的だった。南国に住んでいる私
にとって、このような景色を見ることができてとて
も幸せなひとときだった。
 小林先生もこのような美しい紅葉はめったに見
られないとおっしゃっていた。
  
                   

 講演が終わった後、宍道湖に沈む夕日をど
うしても見たかったので、駆け足でタクシーに
乗って駆けつけた。
 やっと間に合って、沈んでいく夕日もきれい
だったが沈んだ後のほうがもっと美しかったの
でカメラでパチリ。(写真右)
 翌日は福間様が車であちこち案内して下さ
った。
 松江城に登ったが、急な階段で少し怖かっ
た。
 屋形船でお堀巡りをし、お堀から見る松江
城はまた違った趣があった。福間様に感謝!

 第34回 島根県心身障害児(者)親の会連合会大会・研修会〜記念講演会〜(松江市総
合福祉センター「大ホール」)主催:島根県心身障害児(者)親の会連合会。
 担当の福間様との出会い。実際にお会いしてみると、とても気さくな方だった。曹洞宗のお
坊さんだということだった。

 

水の都サンクトペテルブルク&音楽の都・プラハ旅行

 長年の夢だったサンクトペテルブルクとプラハ行きが実現!!今まで頑張ってきた自分への何よりの
プレゼントとなった。夢を持つことの大切さを今、改めて痛感している。

2009・7月10日

 長い空の旅を終え、サンクトペテルブルクに着い
たのは現地時間で夜の7時5分。夜といっても昼の
ように明るい。これがまさに「白夜」だ。パリで体験
した白夜は午後9時ごろまで明るかったが、サンク
トの白夜は一晩中明るい感じだった。
 ホテルの部屋の窓から見た午前0時に沈んでい
く白夜の夕日はあまりに美しく、隣の部屋でもうす
っかり疲れていびきをかいて寝ていた父を起こし
て写真を撮ってもらった。忘れられない思い出と
なった。貴重なひとときであり、私の人生の中で最
高の夜でもあった。
 初日はサンクトペテルブルクのホテルに一泊。と
てもきれいな部屋だった。

 

 私にとって2009年は長年の夢だったサンクトペテルブルクとプラハに家族三人で行くことができた
年だった。国内では緑と水の新潟、宍道湖の夕日、美しい紅葉の栃木・日光(11年ぶりに行った)
を見ることができた。その中でたくさんの方々と出会い、忘れることのできない想い出をたくさん頂い
た。多くのすばらしい方々との出会いから勇気をもらった。
 また、11月にはチェコフィルハーモニー管弦楽団の「新世界より」などの演奏を聞き、この上ない
感動を味わった。
 2010年はこれらを今後の活動に生かしていきたいと思う。

宍道湖の日没

サンクトペテルブルクの白夜の夕日(午前0時)

 サンクトペテルブルクのホテルを出て、チェ
コ・プラハに入る。この日は終日、プラハの街
を観光してプラハ城やカレル橋などを回る。
 カレル橋の先にはスメタナ館。私の好きなク
ラシック音楽の一つ・「モルダウ」の作曲家だ。
残念ながら記念館の中には入ることはできな
かったが、川はまさにモルダウそのものだっ
た。

 ロビーから部屋までケーブルカーで上下す
という一風変わったホテルに一泊。

7月11日

7月12日

* 次の日、プラハの世界遺産の町チェスキー・クルムロフ周辺を観光。絵に描いたような、
 とてもきれいな町並みだった。
  夕食はプラハ市内のビアホール。そこで楽団の方達が日本の歌曲を演奏してくれて、盛
 り上がった。楽しい夜のひとときだった。その時の余韻を残して、次の日はサンクトペテル
 ブルクへ。(詳しくはサンクトペテルブルク・プラハ紀行で)

   

プラハ城から見た町並み

8月5日

* 父方の祖母の三年忌。(照明寺)溝辺の墓参りをして、ロイヤルホテルで私たち家族三
 人と伯父・伯母たちとの食事会。とても楽しいひとときだった。

7月25日

* 母校・牧園高校の統廃合に伴う閉校記念誌の原稿依頼、届く。

8月23日

* 母校・牧園高校の統廃合に伴う閉校記念誌の原稿、脱稿。
  ようやく原稿を書き終え、送ってほっとしていると写真も送るようにとのことで写真も送る。

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8月29日

* ソフトボール日本チームの宇津木妙子前監督から私たち家族とお会いしたいとのお電
 話を頂いた。突然のことで最初は驚いたが、家族三人で鹿児島空港へ。そこで宇津木様
 ご家族と私たちの本のサインをしながらお話をすることができた。

9月20日

* 新潟・ダウン症児親の会「ドレミくらぶ」の岩浪様より新潟青陵大学での講演会後のアン
 ケートが届く。
  200名を超える感想の一枚一枚に込められた想いがぎっしりと書かれていて、なかには
 私と同世代の若い方々がダウン症や出生前診断、障害への理解を示している感想もあ
 ってとても嬉しく思った。

9月27日

* 聞くまっしシステム6周年記念行事in石川の写真展に添える私のメッセージやポスター、
 エッセー集『21番目のやさしさに』、絵本などを送る。
 

10月20日

 高山中学校(二川明美先生の現在の勤務校)でのスピーチ&交流。
  町立の学校とはいえ、まるでホテルのようなとてもおしゃれな学校だった。また、『マヤの
 一生』などの絵本作家の椋鳩十さんがこの学校の校歌を作詞・作曲されていたことに親近
 感を覚えた。

  

 両親の若い頃、近所に住んでおられた大窪先生ご夫妻が講演会
に来て下さってとても喜んで下さった。
 この中で私が感激したのは『MAGIC CANDY DROP』と「千の風に
なって」の英語詩の朗読に合わせて音楽担当の小林先生が即興で
ピアノを演奏して下さったことだ。
 『MAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)』の朗読後、アンコール
に答えて「千の風になって」の英語詩(ニューヨークの9・11グラウンド
ゼロでも朗読された詩)を全校生徒の皆さんやPTAの皆様の前で披
露。体育館に響き渡るピアノの音色と一緒にコラボレーションをして
私自身も忘れられない想い出のスピーチとなった。
 クリスマスを前に、二川先生から私に流鏑馬(やぶさめ)の形の籐
網のオブジェを一足早いクリスマスプレゼントに頂いた。(写真左)

 講演後に送られてきた生徒さんたちのアンケートがすばらしかった。

二川先生からのクリスマスプレゼント

10月30日

* 鹿児島空港から大阪・伊丹空港経由で羽田空港へ。羽田から列車で栃木・日光へ。
  11年前の98年に家族三人で鹿沼に講演で行ったことがあり、今回が二回目の訪問。
 小林先生との11年ぶりの再会。

    

いろは坂の紅葉

栃木・日光、紅葉の旅&島根 そして講演

 戦場ヶ原までは行かず、途中の展望台の駐車場に車を止めて日光
のパノラマのような紅葉の山々を眺めることができた。
 そのあと、中禅寺湖に行き、遊覧船に乗せて下さった。正面には男
体山をのぞみ、ゆっくりと周囲の景色を眺めながら遊覧船で滑るよう
に回った。湖面に映る紅葉の影がとても美しかった。
 中禅寺湖はとても広くて波が立ちやすく、時には大きく揺れることが
あり、船酔いをする人も多いと地元の方々がおっしゃっていた。風が
冷たかったが、とても気持ちのいい観光ができた。 

中禅寺湖畔の駐車場にて
 (男体山をバックに)

 中禅寺湖を後にした私たちは華厳の
滝へ向かった。
 華厳の滝は中禅寺湖の流出口にあ
る高さ97mの滝で、日本三大名瀑の一
つにあげられている。
 岸壁を水しぶきをあげて一気に落水
する豪快さと、
華麗な造形美の両方を

小林先生とのツーショット

あわせ持ち、私たちを釘付けにしてくれる。
 テレビ画面だけでは見られない華厳の滝を実際に見ることができた
ことは私自身、貴重な体験になった。小林先生に感謝!(写真右)
 ちょうど日も傾いてきたので、ホテルへ送って頂いた。
 ホテルで初めて食べた湯葉料理がおいしかった。翌朝、ホテルの周
りを散歩。

11月1日

 岩元綾講演会in栃木・鹿沼(鹿沼市民情報センター 5階マルチメディアホール)
 朝の9時半、小林先生が運営されている障害者団体のパン屋さんなどを見学して市内のレ
ストランで昼食をすませたあと、講演会場へ。

  

 開場の1時半になると、続々と人がたくさん集まってきて
みるみるうちに満席になった。
 折りしも、新型インフルエンザが蔓延し始めていて予定
していた保育のボランティアさんたちが次々と倒れて、小
林先生をはじめ保健師さん、学校の先生方が保育に当
たれることになって講演が聞けないと残念がっておられ
た。
 鹿沼保健所は11年前、私が講演活動らしいことを始め
た出発点とも言うべきところだ。ここでのスピーチは私に
とって格別な思いがあった。当時の方達とは違う新しく
加われたダウン症の親の方々との出会いは私に勇気と
感動を与えてくれた。
 

 
講演会実行委員会の皆様と

 立ち見がでるほどの会場は静かで、熱心に静かに聞いて下さり、時折涙を拭いておられる方々が
見られた。
 スピーチを終えて舞台を下りた時、花束を抱えて私のほうへ近づいてくる少年の姿があった。突然
のことで何か言いたげな少年にこの時は声をかけられなかったが、11年前の講演会後に日光東照
宮などを案内して下さった川田様のご長男で当時はまだ赤ちゃんだった凌平くんだったことを後で
知った。
 立派に成長した凌平くんに久しぶりにお会いできてとても懐かしく、嬉しかった。お母様が「あの時
お会いできてこんなに育てることができました」と言われ、母も感慨深げだった。
 夜の交流会もお父様方が初めて集まってこられ、兄弟達も加わって大変にぎやかだった。 
 後日、講演会後に寄せられたたくさんのアンケートが届く。

11月13日

* チェコ国立フィルハーモニー管弦楽団のコンサート(宝山ホール)<鹿児島市民文化センター>
  とてもすばらしく、今までで最高の感動のひとときだった。私の大好きなクラシック音楽の一
 つ・スメタナの交響詩「モルダウ」とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を実際に生
 で聞くことができた。特に「モルダウ」は今年の7月に長年の夢だったサンクトペテルブルクと
 プラハに行った時の、カレル橋から見た「モルダウ」のことを思い出していた。
  また、「新世界より」は今まで聞いてきた中で一番すばらしい、忘れることのできない演奏だ
 った。ラフマニノフのピアノ協奏曲もよかった。

   

12月26日・27日

* 第54回九州民教研鹿児島(霧島)集会(霧島ロイヤルホテル)
  長きにわたり、父が中心となってずっとかかわってきた思い入れのある会だったので今回
 は家族三人で参加することになった。
  開会を飾るセレモニーは二川明美先生の現在の勤務校・高山中学校の生徒さんたちと
 卒業生によるよさこいソーラン。勇壮に踊られ、7年前の2002年にも同じ九民研の開会セレ
 モニーでロックソーランを披露してくれたが、今回はまた違った趣があった。あの時の想い
 出が甦ってきた。

  26日(土)
   25の分科会の一つ「特別なニーズを持つ子どもの教育」の分科会で私もレポーターと
  して発表したが、皆さんの話もとてもいい勉強になった。

  27日(日)
   外国語分科会で私が大学で学んでいる英米文学のマザーグース(きらきら星)とウィリア
  ム・ワーズワースの「水仙」、英語詩「千の風になって」を発表したが、慣れなかったせいも
  あったのか、思うようにいかなかった。これもいい経験になった。
   ホテルの2階ホールにて私の『21番目のやさしさに』のサイン会。父の知り合いの先生が
  手伝って下さり、多くの先生方が買って下さって嬉しかった。