Diary(想い出の記録)       Vol.18
    <2014・1月〜
 夜の6時から始まった収録も予定時刻の9時で無事に終
わり、井之上さんと達成感を分かち合うことができた。
 スタジオを出ると、ABCラジオのスタッフの皆様が出
迎えてくれた。
 ラジオ取材はラジオ深夜便での出演以来で、大阪での
スタジオでの収録は初めての体験だった。また、スタッ
フの皆様の温かいおもてなしに触れてやってよかったと
思えるようになった。
 武田アナウンサーや代表取締役の石原様をはじめ、ス
タッフの皆様に感謝!! これをきっかけに今後の活動
に活かしていきたいと思う。
 
  
   「生まれてこないほうがいい命なんてない」の出版によせて

 私たち家族にとって「生まれてこないほうがいい命なんてない ー出生前診断によせて
ー」の出版は向き合い、振り返る一つの節目になったと言えるでしょう。
 5年前の2013年に導入された新型の出生前診断は、綾にとっていやがうえにも向き合わ
なければならないものでした。本人としての意見を求められる取材も多く、そのうえ例年
になくいくつかの全国大会が鹿児島で開かれたために血圧が極端に低くなる夏場の講演も
引き受けたのでした。
 夏も終わる頃、綾の中でダウン症の人たちが否定されていくことへの危惧が深まり、自
分が発信していかなければとこの本の出版を決意したのだと思います。
 一方、綾が泣いて抵抗した我が家の初めての本「走り来れよ、吾娘よ」出版15周年を迎
え、勧めて下さる方たちもあって綾の詩集「ことばが生まれるとき」の出版記念会を兼ね
て祝う会を開きました。それが綾が15年を振り返り、自分を肯定する節目になったことは
この本のあとがきにみごとに凝縮されています。(本文P62参照)
 同時に、私にとってもまた綾が生まれてからの40年を振り返る時間でした。暮れからた
まっていた疲労と一人残っていた兄を癌でなくしたこともあって、綾も夫も原稿を終えて
からも私は書けなくて編集者から度々催促されていました。心配する綾にやっとできた原
稿を見せると「お母さんは、こんな風に考えていてくれたんだあ」と呟いて何度も涙を拭
いていました。
 私の文章に初めて見せる綾の感動の涙を見て、私は書きことばを理解することの大切さ
とその奥の深さに驚いていました。言葉では言い尽くせないとよく言います。普段話しか
けをよくすることはもちろんですが、どの子にも書きことばを理解できるように、ことば
を育ててやることの大切さをあらためて強く思っています。(広報誌5月号より)
 父の宿題
  もくじ

1、かぎりある命のために
 ・白い百日紅
 ・かぎりある命にー出生前診断に思うー
 ・収録を終えてーNHK・Eテレ「出生前診断」

2、生まれてこないほうがいい命なんてない
 ・夕日 あのとき
 ・雨の永平寺
 ・対談・
NHKラジオ深夜便
  −生まれてこないほうがいい命なんてないー
 ・「小確幸」(村上春樹の作品の造語)と「幸せのかたち」

3、青春のあしあとから  そして今・・・・
 ・宮崎アニメと私の卒業論文
 ・講演に寄せられた感想 
 ・講演から生まれた素敵な出会い
 
4、命の灯を受け継ぐ
 ・「走り来れよ、吾娘よ」出版から15年によせて
 ・すてきな半生をありがとう(母)
 ・みんなで「ことば育ち」の扉を開こう(父)

 おわりに

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6月24日
「おばあちゃん 土 着てますか」
3月20日
* 「ひかりの中で」往復書簡(1月号)−新たな挑戦をしますーに掲載。(『生ま
 れてこないほうがいい命なんてない』の出版に向けて)

            
 
 
 
 2014年を飛躍の年に!!
 出版にあたり、この問題について本にすることはとても難しいことだっ
た。私の中でダウン症の人たちが否定されていくことへの危惧が生まれ、
自分が発信していかなければと強く思い、書きことばとして残そうと出版
することにした。そのことは私にとって自分と向き合う大切な時間となっ
た。
 私自身もダウン症者本人としてだけでなく一人の人間としてまだまだ伝
えきれていないことがいっぱいあるけれども、この本を手にしてその重み
を今感じている。
 10年前の2008年に私が出版したエッセー集『21番目のやさしさにーダウ
ン症のわたしからー』の時と同様に、書くことの難しさを今回のこの本の
* 父、墓参で北朝鮮へ出発。我が家の一大出来事であった。
1月28日
* 大阪のいとこ夫婦が4日間の休暇を取って来鹿(鹿児島)するという電話やメ
 ールをもらい、29日に会う予定。
11月22日
 如月  北緯三十八度線の彼方
 朝鮮、ハムフン(咸興=かんこう)府郊外の
 丘も河も凍てつき尽す二月が来ると
 僕は十三歳の少年に返り  このことばを繰り返す。
 「おばあちゃん 土 着てますか」

 
 第38回ダウン症等支えあいの会ーいのちのメッセージー講演会(北九州市立総合
療育センター・東棟2階 保育室)
 武田先生と4年ぶりの再会。また、遠く佐賀から来られた松本様ご家族との10数
年ぶりの再会。大きく成長され、美しい女性になられた怜子(さとこ)ちゃんにお
会いできてとても嬉しかった。
 予定の1.5倍も方々の参加で、なんと会場が急遽変更になるというハプニングも
あったが、講演会はなんとか無事に終えることができた。
 思いがけず高瀬先生と15年ぶりにお会いできて、とても懐かしく感じた。
4月13日
*「ひかりの中で」往復書簡
3月13日
「生まれてこないほうがいい命なんてない」
  −「出生前診断」によせてー の
出版で感じ取ることができた。これをきっかけに今後の活動に活かしていきたいと思う。
3月1日
* 「ひかりの中で」往復書簡(3月号)ー同タイトルー、掲載
* テレビ朝日系列のABCラジオ・特集番組「“ダウン症”って不幸ですか?〜新型出
 生前診断スタートから1年〜ダウン症への思い」の収録のため、家族三人で大阪へ。

  
5月20日
* 私の『生まれてこないほうがいい命なんてないー出生前診断によせてー』の記事
 が朝日新聞文化・くらし欄に掲載。なんとこの日が私の誕生日ということもあり、
 嬉しい反面、少しくすぐったい出来事であった。
* 「大乗」出版へ原稿を送る。
3月29日
 7月1日、父は祖父と曾祖母たちを葬ってきたハムフン(咸興=かんこう)の山の見える
丘までたどり着いた。しかし、その上までは行
くことはできなかったという。
* 『生まれてこないほうがいい命なんてないー出生前診断によせてー』を埼玉県立
 小児医療センター遺伝科の大橋博文先生に送る。
* 「ひかりの中で」往復書簡(11月号)ー自然の猛威から学んだことー(仮題)
 の原稿を送る。
4月4日
2014・1月1日
 2014年も嬉しいこと、悲しいこともたくさんあるかも
しれませんが、力を合わせて頑張っていこうと思います。
 今年もどうぞよろしくお願い致します。

     2014  元旦
           岩元 昭雄
              甦子
               綾
* 叔父(母方の兄)の初盆で鹿児島市内の自宅へ。
  遺影の叔父の顔は幸せそうだった。
 

  
(中略)
* 「ひかりの中で」往復書簡(5月号)ーアトリエの完成、おめでとうございますー
 原稿を送る。
11月1日
 大平光代様から岩元綾さんへ
 「ことばを育てるということ」(4月号)掲載。

 岩元綾より大平光代様へ
 「若葉の季節に」(5月号)掲載。

 大平光代様から岩元綾さんへ
 「念願のアトリエ完成」(6月号)掲載。

 大平光代様から岩元綾さんへ
 「夏休み真っ最中です」(8月号)掲載。

 大平光代様から岩元綾さんへ
 「人と人のつながりが一番!」(10月号)掲載。

 大平光代様から岩元綾さんへ
 「ステンドグラス教室」(12月号)掲載。
 
* 第45回かいろすコンサート(鹿児島ラーメンみよし家 牧ノ原店)
  毎月11日は東日本大震災から3年という節目に当たる。それにちなんで二日後に
 なったけれど、鹿児島市内で開かれているコンサートも今年で45回を迎えた。
  川野先生の歌声はとても美しく、奥様の詩(『ことばが生まれるとき』より「銀
 の白鳥」)の朗読は私の心に響き渡り、まるで私の詩ではないようにすばらしく思
 った。
  チェロやフルート、ピアノ演奏、歌のほか、絵本の朗読もあってとても素敵な楽
 しい夜コン(コンサート)だった。私もー
A Thounsand Windsー「千の風になって」の
 英語詩と
Imagine(イマジン)を朗読した。
  すばらしい体験をさせて頂いた川野先生ご夫妻に感謝!

私の新刊です!
井之上様とツーショット
2月1日
 2014年2月1日 刊行
 
  6月27日〜7月4日
  * 現地(北朝鮮)の貸切バス(写真左)で墓参参加者の方々の9名で元山
   (ウォンサン)、清津(セイシン)、古茂山(コモサン)と回った。

  7月1日
  * ハムフン(咸興=かんこう)市の北部の丘・市街地へ。
    祖父と曾祖母たちの墓碑を建てて弔った。
    その時、詩を読んでいる父。(写真下)

  
* 平成2年(1990)日当山中卒業同窓会に参加。
  中学時代の想い出話に花が咲いた楽しい同窓会だった。
  28年という年月を経て、懐かしいクラスメートと再会できてとても嬉しかった。
  そして何よりもみんなが私のところに駆け寄りながら話しかけてきて私をテレ
 ビや新聞記事等で見て知り、「同窓生として誇りに思う」、「“ダウン症”とい
 う障害を知らなかったけれども、とても勇気づけられた」など言ってくれたこと
 だ。私自身も心強く思いながらクラスメートとの強い絆を感じ、同窓会に行って
 よかった。
 氷が解け 土がゆるみ  遅い春には リンゴが咲き
 初夏には 郭公が鳴くあの丘のあたり
 その地を ならず者の土地と吠え立て
   (中略)
 「おばあちゃん 土 着てますか」
 あなたは また来る冬も  凍てつくあの丘で
 身に覚えのない侵略の罪を償うのだろうか
 「おばあちゃん 土 着てますか 土 着てますか」

 
1月31日
11月9日
11月2日
* 10月5日に予定されていたNPO法人「障害者自立応援センターYAH!DOみやざき」
 主催:「出生前診断」を考える講演会が台風18号の接近で、11月2日に変更となっ
 た。そのため、宮崎市内のホテルに1泊。
10月29日
8月15日
 私は20数年来、毎週日曜日の昼のひとときをテレビ朝日系列
ABC放送局内のクイズ・エンタテイメント番組「パネルクイズ
・アタック25」を楽しみながら過ごしている。以前からこの局
のファンということになる。
 このラジオ番組は「武田和歌子のぴたっと」。アシスタント
の俳優の井之上チャルさんが出るものだった。
 まさか実際にお会いできるとは夢にも思わなかったので、私
自身も大興奮!時代劇を見るのが好きな私にとって井之上さん
との出会いは貴重な体験だった。

 出演者はJDS大阪支部の支部長で大阪医科大学の玉井浩先生、井之上さん、
武田和歌子アナウンサーと私の4人。(写真左)
 新型の出生前診断についての街頭インタビューとダウン症のわが子を持た
れる二組のご家族の話も聞きながらの収録だった。
 話すのがゆっくりな私に武田アナウンサーをはじめスタッフの皆様が配慮
して下さり、私自身も安心してこの検査についてダウン症者本人としての思
いを自分なりに話すことができた。
 井之上さん自身も結婚され、お子さんもおられている中で途中で涙を流し
ながら私の話を熱心に聞かれていて、この検査に対しての考えをしっかりと
話されていた。
 「本当に綾さんの本、たくさん編集させて頂き感謝に堪(た)えません。綾さんが文章
家としてすごい才能を発揮してこられたことを今回も堪能しています。「こんな達者な文
章が書けるような人になったんだ!」と時として綾さんの文章力に驚くばかりです。これ
は「21番目のやさしさに」ですでに気づいていましたが。なにげない文章に「オー、こん
なに表現ができるんだ!」と感嘆した個所がありました。

 今回も特に「詩」は綾さんの思いを十分に発揮できていますね。やはり小学生からの日
記を書くという積み重ねがこんなふうに花開くのかと感嘆するばかりです。(かもがわ出
版編
集者・鶴岡淑子)
5月25日
2月9日
 * 志摩組同朋運動公開講演会(糸島市健康福祉センターふれあい)
   浄土真宗のお寺のお坊さん達主催の講演会で、今もなお連載中の川下(旧姓:大
  平)光代様との「大乗」の往復書簡の縁もあって今回の講演会となった。
   矢野様親子と15年ぶりの再会。琴乃ちゃんのかわいい笑顔とともに成長されたお
  姿に出会えて嬉しかった。

* ダウン症miniブック『この子とともに強く明るく』に載せる(昨年の豊島公会
 堂での)私の3・21メッセージ原稿の校正を送る。

11月19日
* ABC朝日ラジオ系列・特別番組「“ダウン症”は不幸ですか?〜新型出生前診
 断スタートから1年〜ダウン症への思い」、午後8時より放映。 
11月16日
* 「2014年度 学びと交流の集い」:“隣国朝鮮への旅”を開く会〜近くて遠い
 国・北朝鮮ー墓参訪朝を終えてー「少年の日、その後〜今」〜(鹿児島教職員組
 合会館・3階中会議室)主催:鹿児島子ども研究センター
  予想を超える多くの方々が集まって来られ、会場を広げたり資料を刷り増しし
 たり、きれいな花かごも届いたりで先生方も嬉しい悲鳴だった。
  私は父の壮絶な少年時代の話を直に聞いたのは初めてだったので胸がいっぱい
 になった。辛い思いをして、生き延びてきた命だから一日でも長く生きていてほ
 しい。
 「出生前診断」を考える講演会(宮崎市中央公民館)
 第26回九州作文の会in宮崎の講演会(6年前の2012年)に来た時の会場で、と
ても懐かしく思った。

* ダウン症miniブック『この子とともに強く明るく』に載せるため、JDS(日本ダ
 ウン症協会)広報部・上原様より(昨年の豊島公会堂での)私の3・21メッセージ
 原稿掲載依頼。
* 有限会社データワールドの難波様とカメラマン兼編集者の永山様、来訪・取材。
  子ども向けの書籍を制作している会社の方々が来られるとのことで、どんな方々
 でどのような形で本にされるのか興味があったので取材をお引き受けした。
  今回の取材はインタビュー形式で、2015年度学校図書館セット企画でポプラ社を
 発行元とし、小学校中学年以上を読者対象とする学校図書館・図書館向けのシリー
 ズ本「ほんとうのバリアフリーってなんだろう(仮称/全5巻)」制作のため、50
 名の方々にインタビューしていく形式だった。
  ポプラ社や福音館書店などたくさんの絵本を私が物心ついた頃から読んだことが
 あったので、客間のテーブルに準備で広げた絵本の数々にその環境の中で囲まれた
 想い出が甦ってくるようだった。

* 「週刊女性」編集部の徳住様(株式会社 主婦と生活社)より雑誌が届く。
10月1日
* 私が出演したABC朝日系列のラジオ特別番組「“ダウン症”は不幸ですか?〜
 新型出生前診断スタートから1年ーダウン症への思い」が平成26年度(2014)日本
 民間放送連盟賞・ラジオ報道番組部門で最優秀賞になった。受賞を記念して、平成
 26年度文化庁芸術祭参加作品として11月16日(日)の午後8時より再放送される予
 定だ。
  武田アナウンサーや井之上チャル様をはじめ、スタッフの皆様のダウン症や新型
 出生前診断についての理解ある思いがたくさん詰まっていて、私も出演してよかっ
 たと思えるようになった。

9月23日
* 「週刊女性」:「生殖医療の光と影ー新型出生前診断・私はこう思うー」(10月
 7日号発売)を赤字の訂正を入れながら送る。
9月17日
* 週刊女性 ライターで健康ジャーナリスト・イラストレーターの山崎ますみ様
 と電話取材。
  話すのがゆっくりな私に山崎様が合わせて下さり、とても心強く、嬉しかった。
  昨年(2013年)に導入された新型の出生前診断について、ダウン症者本人とし
 て私の思いを電話で安心して話すことができた。
9月4日
8月14日
7月29日
* 平壌(ピョンヤン)から北京(ペキン)を経て、羽田へ帰国。
  羽田から鹿児島へ帰宅。
  長い父の宿題の旅は終わった。
 
7月6日
 麦の芽福祉会学習講演会(鹿児島県立青少年研修センター)
 加治木看護専門学校の宿泊講習講演会(7年前の2011年)でのスピーチ会場で、
とても懐かしく、私にとって感慨深いものだった。
 200名以上の方々がお集まり下さり、私のスピーチを聞いて下さってとても嬉し
く思った。黒川先生や清原先生、米衛先生とお会いできてとても懐かしく思った。
4月29日
3月31日
* ノンフィクション作家の河合香織様、来訪・取材。
  昨年(2013)に導入された新型の出生前診断について5月20日発売の『G2』と
 いう講談社のノンフィクション月刊誌でルポルタージュにまとめて最終的に書籍
 化させるための取材だった。
  初めてお会いした河合様はとても感じのよい方で、この検査に対して私の反対
 の立場をよく理解して下さり、嬉しく感じながら安心してダウン症者本人として
 の私の思いを話すことができた。

3月17日
3月7日
* 朝日新聞文化くらし報道部・田中様、来訪・取材。(『生まれてこないほうがい
 い命なんてないー出生前診断によせてー』関連)
 * 『生まれてこないほうがいい命なんてないー出生前診断によせてー』、上梓。
  
* 「ひかりの中で」往復書簡(3月号)ー食べることは生きることーの原稿を送る。
     * 私の新しい本『生まれてこないほうがいい命なんてないー出生前診断によせて
    ー』が届く。できたてほやほやの本と私の好きな色ピンクの表紙がとても美しい。
     5年前の2013年に導入された新型の出生前診断についてダウン症者本人として
    の思いを綴らせて頂き、このような形で本にできたことが何よりも嬉しく思う。
    命の大切さだけでなく生まれてくる新しい命を大切にしてほしいという思いを込
    めて書いたこの本を多くの人たちに読んでくれることを願っている。
     この本の帯の推薦文を書いて下さった岐阜長良医療センター・周産期部長の川
    鰭市郎先生、私に出版の機会を与えて下さったかもがわ出版編集部の鶴岡さんに
    感謝!!
 
 
 
かもがわ出版
* 同系列のABCラジオ番組、放送。
つづく
* 同往復書簡(7月号)ー描くより見るほうが得意ーの原稿を送る
香川・中野先生から送られた干支の壁掛け
 父が祖父と曾祖母の墓参で6月24日〜7月6日までの12日間、
北朝鮮へ叔母(父の妹)と二人で行ってきた。その時の様子が
テレビに何度も映り、父の留守中にも知らない方々からも次々
に電話があったりした。
 敗戦後、父たち家族は命からがら38度線を越えて線路上を歩
きながら引き揚げてきたと言う。ハムフン(咸興=かんこう)と
いう街の丘に祖父と曾祖母を葬ってきた、まだ13歳だった父に
とって墓参は長年の宿題だったようだ。
 私の知らない父の歴史に触れたような気がした。父の戦後が
やっと終わったのだと母は言った。
 父たちが生きて帰ってきたのだから、今の私が命の灯を受け
継いでいるのだと思う。

* 「ひかりの中で」往復書簡(9月号)−父の宿題ーの原稿を送る。
貸切バスの入口前で
ハムフン(咸興=かんこう)の街の丘
10月25日
10月15日
9月21日
収録を終えて4人そろって
 お会いできた時の喜びの余韻を残し、気持ちを切り替えて本番収録臨んだ。
ABCラジオの収録直前
悠ちゃんも一緒に