Diary(思い出の記録) Vol, 7
  <08・9月〜12月>

 しばらく行くと、日本三景の一つ・宮島。国宝厳島神社の高くそびえ立つ赤い鳥居
が宮島の海
面に写って、ゆらゆらと揺れて美しかった。
 これを私がテレビでよく見ていて、ぜひ行ってみたいと思っていた世界遺産の一つ
だった。テレビ画面だけでは味わえない美しさだった。
 神社の中にも実際に入ることができ、海の上に浮かんでいる神社の床を歩くのは不
思議な感覚だった。
 また一つ旅の思い出が増えた。(^^)心に残る旅だった。
 秋の宮島を満喫して広島市内へ。広島市内のホテルに一泊。ホテルのレストランから見える
広島の夜景もきれいだった。

 二つの世界遺産を後にして、ゆっくりと走る市電で広島駅へ。
 広島駅から新幹線に乗り、夕方過ぎに神戸に入る。その日の夜空は満天の星でいっぱい。タク
シーを拾い、夜景のヴィーナス・ヴィレッジへ。最初は探し出すのに大変だったが、やっと探し
当てたヴィーナス・ヴィレッジからの夜景は期待通りのすばらしいものだった。喜び勇んで父が
撮った写真はなんと真っ暗だった。(^^)
 疲れた体を神戸のホテルでゆっくり休めた。

* 参加された方々から「感動した、とても素敵な会だった」という感想をたくさん頂いた。
  参加して下さった皆様と準備して下さった両親の友人の方々に感謝!!たくさんのきれいな
 お花や祝電、メッセージを下さった皆様に感謝!!
  (当日の写真集は後日、別途にて載せる予定です。)

2008・9月7日
   * 講演会場(和泉市生涯学習センター)に行く前に「のぞみの会」会長・所様のお計らい
    で、関西国際(伊丹)空港からタクシーでずっと行ってみたかった与謝野晶子記念館へ寄
    ってもらった。
     地元・堺市の和菓子屋の三女として生まれた晶子が自分の熱い情熱を胸に秘めながら妻
    子ある鉄幹と結婚し、11人の子どもが生まれた。そんな育児の中でも歌を詠み、子どもた
    ちとともに旅行したりしていたことに驚いた。

    午後1時、大阪ダウン症親の会「のぞみの会」合同講演会(和泉市生涯学習セ
    ンター「和泉シティープラザ」3階・レセプションホール)
      NHKアナウンサーの住田様との再会。
      のぞみの会だけでなく奈良、京都、兵庫などの各県のダウン症児親の会から
    も多くの方々がたくさん来て下さった。
     初めての合同講演会で大阪ダウン症親の会連絡会の後援ということもあり、会
    場は入りきれなくなって変更になってしまった。私自身も貴重な経験ができた。
     夜は大平様一家とお食事ができ、久しぶりに元気な悠ちゃんに会えて楽しいひ
    とときを過ごした。

   * 講演の前にシンガーソングライターの梅原司平さんが控え室に会いに来て下さった。
     司平さんの歌う「生命の歌」は私が障害(ダウン症)を受容する時に励ましてくれた歌
    だ。今度62歳でキングレコードからメジャー再デビューされ、エッセー集『売れない歌手
    でよかった』(講談社)が出版される。私たち家族も登場します。読んで下さい。詳しい
    ことは次へ。                  

                   http://platpulana.exblog.jp/  
                                                                                                   

 私にとって2008年は記念すべき年だった。それは『21番目のやさしさにーダウン症のわたしか
らー』の出版。書くことの大切さと難しさ、そして書き終えた時の達成感を味わうことができた
一年だった。今考えると、言葉にできない何かを得ることができ、これからも書いていけるとい
う自信につながった。
 来年は絵本作りか詩を織り込んだエッセー集を作ってみたいなあと思っている。

遺伝カウンセリング学会で

 台湾、韓国など遺伝学の権威のある学者の方々、医師、これから遺伝カウン
セリングを学んでいかれる大学院生の皆さん(近畿大学、京都大学、お茶の水
大学)などが集まっておられた。
 30分間の英語でのスピーチを無事終えることができた時はほっとした。
 講演後、コリア(韓国)大学の女性教授の方々が駆け寄って来られて「とて
もすばらしかった。あなたは兄妹がいるのですか?」両親にも質問されたが、

 11月5日
 * 朝、ホテルを出て広島平和記念資料館へ。
   九州の西・長崎県の長崎平和記念資料館には数回行ったことはあるが、広島の記念館
  に行く機会がなかったので、長い間一度は行かなければと思いながら果たせないでいた。
  今度、やっと行くことができたことは私にとって意義のあることだった。
   詳しいことは美術館巡りPart2に紹介していく予定であるが、戦争を知らない世代の一
  人として今私たち若い世代が平和についてどう考えているか、美術館巡りの中でもこれ
  から書いてみようと思っている。

  

 イタリア・フィレンツェ風の建物をモチーフにしてあり、中に入
 るとステンドグラスやモザイク壁画などで彩られていた。実際にフ
 ィレンツェの職人の方が来られて、作られたそうだ。
  吉岡先生が校内をあちらこちらを案内して下さったが、昼食は久
 しぶりに学生食堂で頂いて学生時代を思い出してとても懐かしかっ
 た。
(写真右・神戸市看護大学)

 長崎のとは展示の仕方が違っていて、原爆がどのようにして投下
されたかという歴史が分かるようになっていた。
 平和公園内の中央にある原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)
に刻み込まれている「安らかに眠って下さい 二度と過ちは起こし
ませんから」(写真左)という言葉はずっしりと重く、私の心に強
く響いてきた。
 公園から世界遺産の原爆ドーム(旧広島県物産陳列館原爆投下当
時の広島県産業奨励館ー写真左斜め上ー)の丸い屋根が見えていた。
実際に近くまで行って、その全貌を初めて見た。
 ドームの近くに高層マンション建設の準備が着々と進んでいるこ
とに、今女優・吉永小百合さんを中心に広島市民が反対している。
私も反対の一人だが、ドームの存在が広島市民をはじめ世界の人々
の心に刻み込まれることを願う広島の旅だった。

11月4日
* 岡山から新幹線で広島へ。遊覧船で宮島にわたる。
  この日は天気もよく、とても気持ちのいい日だった。船から下りて遊歩道を歩いていく
 と、世界遺産・厳島神社の入口に着いた。入口では鹿のお出迎えを受け、和やかな雰囲気
 に包まれた。

   

 後から送られてきたアンケートや感想文も心を込めて書いて下さっていた。
 
上地先生ご紹介の美観地区での夜の食事もとてもおいしかった。

11月2日 
* 鹿児島空港から神戸空港へ。ポートライナーに乗って神戸駅へ。
  神戸駅から新幹線で岡山へ。
  19年前の1999年の感動を味わいたくて家族三人で大原美術館へ。
  私の好きなモネの睡蓮をはじめ、印象派の画家達の絵がたくさんあった。そのほかに
 彫刻や郷土出身者の絵画も多数展示されていたが、長旅の疲れもあり、次の日の講演に
 備えて切り上げた。詳しくは美術館巡りPart2に紹介。

11月3日

 岡山県臨床心理士会in岡山(岡山大学教育学部講義棟5202教室)
  上地先生ご夫妻と初めてお会いする。並木のきれいな大学だった。
    

岡山・広島・神戸の旅&講演

* 全国障害者問題研究機関誌『みんなのねがい』(みんねが)創刊500号記念:『21番
 目のやさし
さにーダウン症のわたしからー』を出版して「ーどう生まれたかではなく、
 どう生きるかー」が掲載。

11月1日

 引き続き、川野先生がギターを即興で弾きながら私のリクエスト曲の
「ヒロシマの有る国で」(山本さとし作詞・作曲)をすばらしいお声で
歌われた。
 会場は感動に包まれた。
 最後にKKB放送局の池上様もお話をされ、伯父・伯母たちの歌に私た
ち家族も加わって「花をおくろう」を歌った。(写真左)
 大原雅代さんと迫田裕子さんの花束贈呈で会は幕を閉じた。

 京都大学名誉教授・武部啓先生のお話は「綾さんのこの本は世界で初めての本だということを
皆さんにお話をしたくて今日は京都からやって来ました」というインパクトのあるものだった。
 坂之上時代の幼児期を詩人の茂山先生が懐かしげに話して下さった。ひまわり幼稚園のシス
ター先生は母の短歌を交えながら私の幼稚園時代を話して下さった。
 友人の高田直美さんは私の小・中学校時代の思い出を話してくれた。
 中学時代、三年間担任をして下さった大木信剛先生は「綾さんは平成の篤(あつ)姫です」と
言われた。嬉しかった反面、少し恥ずかしかった。
 体育担当だった二川先生も今回は泣かないで話された。

 * そのあと、松田幸久先生のバイオリンに合わせて「千の風になって」ーA Thounsand Wind
 ーの英語詩(9・11ニューヨーク・グラウンドゼロで朗読されたもの)を朗読した。思い出に残
 るコラボレーションだった。
  かもがわ出版編集部の鶴岡淑子さんが『21番目のやさしさに』や私たち家族の本について話
 して下さった。
  元鹿児島大学教授で、私が大学時代に障害者福祉論を受講した清原先生は講義や試験の時の
 ことなどを話された。父の親友の広田様(元南日本新聞社社長)も「千の風になって」につい
 て話された。

 10月25日
  5月に出版してから、講演や執筆活動などでなかなかできなかった出版を祝う会をやっと
 執り行う運びとなった。

 『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の出版を祝う会(東急ホテル)                               

  9月9日
  
* 前夜、大阪より京都・きよみずに入る。
    本願寺出版社(大乗刊行会・編集部)の松本様が西本願寺内の数々の国宝を案内して
   下さった。父はずっと以前から見てみたいと言っていたので、熱心に見入っていた。
    昼はかもがわ出版の鶴岡さんと祇園で会食。すごくおいしかった(^^)


  9月13日

   九州ブロック介護福祉士研修会講演会(鹿児島市内・かごしま県民交流センター)
    事務局長で鹿児島国際大学教授の田中先生ご夫妻がとてもよくして下さった。この会
   場での講演は9年前の2006年のカナダ日本75周年記念行事での講演だったが、ホールで
   の講演は初めてだった。たくさんの方が集まって下さった。


  
9月16日
  * 
全障研(全国障害者問題研究会)の機関誌・みんねが(「みんなのねがい」)500回
   記念特集号の原稿、脱稿。編集部の梅垣様に送る。


 
 9月26日 
  
* 朝日新聞西部本社版に掲載。(『21番目のやさしさに』の記事)

  
9月30日
  *
大学1,2年生用教科書「生命倫理」(有斐閣)の原稿、脱稿。
   編集部・堀様に送る。
 

9月8日
 アジア遺伝カウンセリング学会での講演(近畿大学・新講義室)最新設備の整った会
 場だった。
  会は英語のみで、武部啓先生の進行で始まった。

            

 11月9日
  霧島市政3周年記念式典で市民表彰を受ける。
  表賞状には「多年にわたる国内外での講演活動を通じダウン症の理解を深めるため 大
 きな成果をあげられ多くの市民に夢と感動を与えられました よってその活動をたたえ 
 ここに表彰します」とある。

 * 講演のあと、学長先生や諸先生方とお話ができて有意義だった。
   その後、フィーリングアーツ研究会の副代表もしておられる吉岡先生が私たち家族のため
  にわざわざ準備して下さったフィーリングアーツを体験する。最初はカラー&ミュージック
  セラピーかな?と思ったが、とてもいい体験になった。詳しくは下記のHPで。

                   
http://e-feelingarts.net/jp.home.htm

控え室で司平さんと握手

 12月5日
 *  鹿児島空港から福岡へ。電車で大宰府へ。
   長い電車の旅のあと、タクシーで九州国立博物館へ。
   スケールの大きい、とても広い博物館だった。これだけの広さを誇る博物館に歴史や
  国境を越えた、アジアの国々のたくさんの展示物が展示されていることに驚いた。詳し
  いことは美術館巡りPart2で。
   また、館内1階のロビーには展示物のなかに八女のとてもきれいな提灯や雛人形もあ
  って地元ならではの風情が漂っていた。


 
12月6日
 
 スマイルフェスタやめ08での講演(八女市農業活性化センター)八女市教育委員会,
  八女市人権同和教育課主催。
   会場が上場で、雪が降っていたこともあって底冷えのする所だった。雪の中をたくさ
  んの方々が私たちの講演を熱心に聞いて下さったことに感謝!!
   講演会のあと、30年ぶりにひまわり幼稚園時代の友人と再会。
   結婚して婚姻届を出しに行った八女市役所で私たち家族のポスターを見て、実家に電
  話で確認し
て当日来てくれたそうだ。久しぶりの再会と思い出話に花が咲いた。

松田先生とのコラボレーション

  * 神戸の街を散策して、途中でお土産においしいお菓子をゲットした。(^^)
   午後からはタクシーで神戸市内を観光し、異人館や21年前の1997・1・17の阪神淡路大震災
  の爪あとが残るポートアイランドなどを回った。
   ポートライナーで神戸空港へ。たくさんの思い出をもらった神戸に別れを告げた。

11月6日
 いよいよ神戸市看護大学での講演。
  吉岡隆之先生が私たち家族をホテルに迎えに来て下さり、先生のお車で大学へ。
  大学に着き、車から降りて私の目を釘付けにしたのは大学の広さだけでなく校舎の美
 しさだった。テレビや映画などのロケーションにも使われるそうだ。

「ヒロシマの有る国で」

 八月の空に 今もこだまするのは 若き詩人の叫び
 遠き被爆者のこえ あなたに感じますか
 てのひらの温もりが 人の悔し涙が 生き続ける苦しみが

  わたしの国とかの国の  人の生命はおなじ
  この青い大地のうえに  同じ生を得たのに
  ヒロシマの有る国で  しなければならないのは
  ともる戦の火種を  消
すことだろう

 当日は全国のスポーツイベント・ねんりんピッ
クが鹿児島で開催されたため、ホテルも飛行機も
満席だった。
 遠く京都から駆けつけて下さった武部啓先生や
かもがわ出版の鶴岡淑子さんをはじめ755名の方
が参加して下さり、盛況だった。
 まず最初に鹿児島県立短期大学の佐々木美智子
先生が『21番目のやさしさに』の概要を説明され
た。

巽先生が「両親は英語ができない」と言われてしまい終わりになった。(^^)
 
夜のバンケットでは、黒木先生や大学院生たちが声をかけて下さって嬉しかった。

た。 

高校時代の恩師、友人と談笑

上は歌っておられる川野先生と
有馬冨美子先生作のお花

大阪・京都の講演&旅行記、その他の出来事

 校内のあちこちに写真左のようなポスターが準備されていて、嬉しかった。
 講演会場は教育棟西1階の階段教室。4限目の授業の中でスピーチをする。
 対象はこれから医療の場で看護師を目指している一年生が中心で、そのほ
か2〜4年生、編入学生、大学院生、一般の方などが私の拙いスピーチを熱心
に静かに聞いて下さって、とても嬉しかった。

* 後日、多数のアンケートが吉岡先生から送られてきた。どれも心に響く
もので、感動しながら読んでいった。なかには心身に障害のあるご家族を抱
えている学生さんもいて、障害について考え直すきっかけになったという感
想もあった。私自身もこのような若者たちとの出会いを通して、きっとこれ
から命の現場に行っていい看護師さんになるのだろうなあと勇気が湧いてき

 つづいて、私の高校時代の恩師・亀山先生の乾杯の音頭で始まった。

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岡山県臨床心理士会での講演

 16年前、日本ダウン症協会(JDS)岡山支部結成大会の講演で行った
時とすると街はずいぶんと変わっていた。
 ダウン症児親の会・岡山支部の森下さんと橋本さんが私たち家族を
迎えに来て下さり、帰りも送って下さった。感謝!
 臨床心理士会の方達以外にも四国や福岡からも来ておられたという
ことで会場はいっぱいだった。講演後、上地先生の二人のかわいい娘
さんやヒロくんご家族にもお会いすることができた。(かわいい写真
を紹介できなくてごめんなさい!)