* 講演のあと、学長先生や諸先生方とお話ができて有意義だった。
   その後、フィーリングアーツ研究会の副代表もしておられる吉岡先生が私たち家族のためにわざわざ準備し
  て下さったフィーリングアーツを体験する。最初はカラー&ミュージックセラピーかな?と思ったが、とても
  いい体験になった。詳しくは下記のHPで。

                   
http://e-feelingarts.net/jp.home.htm

 Diary(思い出の記録) Vol, 7
  <08・9月〜12月>

 私にとって2008年は記念すべき年だった。それは『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の出版。
書くことの大切さと難しさ、そして書き終えた時の達成感を味わうことができた一年だった。今考えると、言葉
にできない何かを得ることができ、これからも書いていけるという自信につながった。
 来年は絵本作りか詩を織り込んだエッセー集を作ってみたいなあと思っている。

 校内のあちこちに写真左のようなポスターが準備されていて、嬉しかった。
 講演会場は教育棟西1階の階段教室。4限目の授業の中でスピーチをする。対象はこれ
から医療の場で看護師を目指している一年生が中心で、そのほか2〜4年生、編入学生、
大学院生、一般の方などが私の拙いスピーチを熱心に静かに聞いて下さって、とても嬉
しかった。

* 後日、多数のアンケートが吉岡先生から送られてきた。どれも心に響くもので、感
動しながら読んでいった。なかには心身に障害のあるご家族を抱えている学生さんもい
て、障害について考え直すきっかけになったという感想もあった。私自身もこのような
若者たちとの出会いを通して、きっとこれから命の現場に行っていい看護師さんになる
のだろうなあと勇気が湧いてきた。
 

 長崎のとは展示の仕方が違っていて、原爆がどのようにして投下されたか
という歴史が分かるようになっていた。
 平和公園内の中央にある原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)に刻み
込まれている「安らかに眠って下さい 二度と過ちは起こしませんから」
(写真左)という言葉はずっしりと重く、私の心に強く響いてきた。
 公園から世界遺産の原爆ドーム(旧広島県物産陳列館原爆投下当時の広島
県産業奨励館ー写真左斜め上ー)の丸い屋根が見えていた。実際に近くまで
行って、その全貌を初めて見た。
 ドームの近くに高層マンション建設の準備が着々と進んでいることに、今
女優・吉永小百合さんを中心に広島市民が反対している。私も反対の一人だ
が、ドームの存在が広島市民をはじめ世界の人々の心に刻み込まれることを
願う広島の旅だった。

 11月5日
 * 朝、ホテルを出て広島平和記念資料館へ。
   九州の西・長崎県の長崎平和記念資料館には数回行ったことはあるが、広島の記念館に行く機会がな
  かったので、長い間一度は行かなければと思いながら果たせないでいた。今度、やっと行くことができ
  たことは私にとって意義のあることだった。
   詳しいことは美術館巡りPart2に紹介していく予定であるが、戦争を知らない世代の一人として今私
  たち若い世代が平和についてどう考えているか、美術館巡りの中でもこれから書いてみようと思ってい
  る。

  

松田先生とのコラボレーション

大阪・京都の講演&旅行記、その他の出来事

11月6日
 いよいよ神戸市看護大学での講演。
  吉岡隆之先生が私たち家族をホテルに迎えに来て下さり、先生のお車で大学へ。
  大学に着き、車から降りて私の目を釘付けにしたのは大学の広さだけでなく校舎の美しさだった。テレ
 ビや映画などのロケーションにも使われるそうだ。

 

 二つの世界遺産を後にして、ゆっくりと走る市電で広島駅へ。
 広島駅から新幹線に乗り、夕方過ぎに神戸に入る。その日の夜空は満天の星でいっぱい。タクシーを拾い、
夜景のヴィーナス・ヴィレッジへ。最初は探し出すのに大変だったが、やっと探し当てたヴィーナス・ヴィレ
ッジからの夜景は期待通りのとてもすばらしいものだった。喜び勇んで父が撮った写真はなんと真っ暗だった。
(^^)
 疲れた体を神戸のホテルでゆっくり休めた。

  9月9日
   * 前夜、大阪より京都・きよみずに入る。
    本願寺出版社(大乗刊行会・編集部)の松本様が西本願寺内の数々の国宝を案内して下さった。父はず
   っと以前から見てみたいと言っていたので、熱心に見入っていた。
    昼はかもがわ出版の鶴岡さんと祇園で会食。すごくおいしかった(^^)

   9月13日

    九州ブロック介護福祉士研修会講演会(鹿児島市内・かごしま県民交流センター)
    事務局長で鹿児島国際大学教授の田中先生ご夫妻がとてもよくして下さった。
    この会場での講演は13年前の2006年のカナダ日本75周年記念行事での講演だったが、ホールでの講演は
   初めてだった。たくさんの方が集まって下さった。
 
  
 9月16日
   * 全障研(全国障害者問題研究会)機関誌『みんなのねがい(愛称:みんねが)』ー500回記念特集号
    の原稿、脱稿。編集部の梅垣様に送る。
 
   9月26日 

   * 朝日新聞西部本社版に掲載。(『21番目のやさしさに』の記事)
 
  
 9月30日
   *
大学1,2年生用教科書「生命倫理」(有斐閣)の原稿、脱稿。
    編集部・堀様に送る。
 

2008・9月7日
   * 講演会場(和泉市生涯学習センター)に行く前に「のぞみの会」前会長・所様のお計らいで、関西国
    際(伊丹)空港からタクシーでずっと行ってみたかった与謝野晶子記念館へ寄ってもらった。
     地元・堺市の和菓子屋の三女として生まれた晶子が自分の熱い情熱を胸に秘めながら妻子ある鉄幹と
    結婚し、11人の子どもが生まれた。そんな育児の中でも歌を詠み、子どもたちとともに旅行したりして
    いたことに驚いた。

    大阪ダウン症親の会「のぞみの会」合同講演会(和泉市生涯学習センター「和泉シティープラザ」3
    階・レセプションホール)
     NHKアナウンサーの住田様との再会。
     のぞみの会だけでなく奈良、京都、兵庫の関西方面のダウン症児親の会からも多くの方々がたくさん
    来て下さった。
     初めての合同講演会で大阪ダウン症親の会連絡会の後援でもあり、会場は入りきれなくなって変更に
    なってしまった。私自身も貴重な経験ができた。
     夜は大平様一家とお食事ができ、久しぶりに元気な悠ちゃんに会えて楽しいひとときを過ごした。

                                                                                           
       

 12月5日
 *  鹿児島空港から福岡へ。電車で大宰府へ。
   長い電車の旅のあと、タクシーで九州国立博物館へ。
   スケールの大きい、とても広い博物館だった。これだけの広さを誇る博物館に歴史や国境を越えた、ア
  ジアの国々のたくさんの展示物が展示されていることに驚いた。詳しいことは美術館巡りPart2で。
   また、館内1階のロビーには展示物のなかに八女のとてもきれいな提灯や雛人形もあって地元ならでは
  の風情が漂っていた。


 
12月6日
 
 スマイルフェスタやめ08での講演(八女市農業活性化センター)八女市教育委員会,八女市人権同和教
  育課主催。
   会場が上場で、雪が降っていたこともあって底冷えのする所だった。雪の中をたくさんの方々が私たち
  の講演を熱心に聞いて下さったことに感謝!!
   講演会のあと、30年ぶりにひまわり幼稚園時代の友人と再会。
   結婚して婚姻届を出しに行った八女市役所で私たち家族のポスターを見て、実家に電話で確認して当日
  来てくれたそうだ。久しぶりの再会と思い出話に花が咲いた。

 * 講演の前にシンガーソングライターの梅原司平さんが控え室に会いに来て下
 さった。
  司平さんの歌う「生命の歌」は私が障害(ダウン症)を受容する時に励まして
 くれた歌だ。今度62歳でキングレコードからメジャー再デビューされ、エッセー
 集『売れない歌手でよかった』(講談社)が出版される。私たち家族も登場しま
 す。読んで下さい。詳しいことは次へ。                  
                   http://platpulana.exblog.jp/     

控え室で司平さんと握手

9月8日
 アジア遺伝カウンセリング学会での講演(近畿大学・新講義室)最新設備の整った会場だった。

  
会は英語のみで、武部啓先生の進行で始まった。
            

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 11月9日
  霧島市政3周年記念式典で市民表彰を受ける。
  表賞状には「多年にわたる国内外での講演活動を通じダウン症の理解を深めるため 大きな成果をあげられ
 多くの市民に夢と感動を与えられました よってその活動をたたえ ここに表彰します」とある。

  * 神戸の街を散策して、途中でお土産においしいお菓子をゲットした。(^^)
   午後からはタクシーで神戸市内を観光し、異人館や24年前の1995・1・17の阪神淡路大震災の爪あとが残るポ
  ートアイランドなどを回った。
   ポートライナーで神戸空港へ。たくさんの思い出をもらった神戸に別れを告げた。

 当日は全国のスポーツイベント・ねんりんピックが鹿児島
で開催されたため、ホテルも飛行機も満席だった。
 遠く京都から駆けつけて下さった武部啓先生やかもがわ出
版編集部の鶴岡淑子さんをはじめ755名の方が参加して下さ
り、盛況だった。
 まず最初に鹿児島県立短期大学の佐々木美智子先生が『21
番目のやさしさに』の概要を説明された。
 つづいて、私の高校時代の恩師・亀山先生の乾杯の音頭で
始まった。

 イタリア・フィレンツェ風の建物をモチーフにしてあり、中に入るとステンド
 グラスやモザイク壁画などで彩られていた。実際にフィレンツェの職人の方が来
 られて、作られたそうだ。
  吉岡先生が校内をあちらこちらを案内して下さったが、昼食は久しぶりに学生
 食堂で頂いて学生時代を思い出してとても懐かしかった。(写真右・神戸市看護
 大学)

 しばらく行くと、日本三景の一つ・宮島。国宝厳島神社の高くそびえ立つ赤い鳥居が宮島の海面
に写って、ゆらゆらと揺れて美しかった。
 これを私がテレビでよく見ていて、ぜひ行ってみたいと思っていた世界遺産の一つだった。テレ
ビ画面だけでは味わえない美しさだった。
 神社の中にも実際に入ることができ、海の上に浮かんでいる神社の床を歩くのは不思議な感覚だ
った。
 また一つ旅の思い出が増えた。(^^)心に残る旅だった。
 秋の宮島を満喫して広島市内へ。
 広島市内のホテルに一泊。ホテルのレストランから見える広島の夜景もきれいだった。

11月4日
* 岡山から新幹線で広島へ。遊覧船で宮島にわたる。
  この日は天気もよく、とても気持ちのいい日だった。船から下りて遊歩道を歩いていくと、世界遺産
 ・厳島神社の入口に着いた。入口では鹿のお出迎えを受け、和やかな雰囲気に包まれた。
   

 後から送られてきたアンケートや感想文も心を込めて書いて下さっていた。
 上地先生ご紹介の美観地区での夜の食事もとてもおいしかった。

 『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の出版を祝う会(東急ホテル)                               

 10月25日
  5月に出版してから、講演や執筆活動などでなかなかできなかった出版を祝う会をやっと執り行う運びと
 なった。

英語ができない」と言われてしまい終わりになった。(^^)
 夜のバンケットでは、黒木先生や大学院生たちが声をかけて下さって嬉しかった。

 台湾、韓国などダウン症の権威のある遺伝学の学者の方々や医師、これから遺伝カウ
ンセリングを学んでいかれる大学院生の皆さん(近畿大学、京都大学、お茶の水大学)
などが集まっておられた。
 30分間の英語でのスピーチを無事、終えることができた時はほっとした。
 講演後、コリア(韓国)大学の女性教授の方々が駆け寄って来られて「とてもすばら
しかった。あなたは兄妹がいるのですか?」両親にも質問されたが、
巽先生が「両親

遺伝カウンセリング学会で

 20年前、日本ダウン症協会(JDS)岡山支部結成大会の講演で行った時とす
ると街はずいぶんと変わっていた。
 ダウン症児親の会・岡山支部の森下さんと橋本さんが私たち家族を迎えに来
て下さり、帰りも送って下さった。感謝!
 臨床心理士会の方々以外にも四国や福岡からも来ておられたということで会
場はいっぱいだった。
 講演後、上地先生の二人のかわいい娘さんやヒロくんご家族にもお会いする
ことができた。(かわいい写真を紹介できなくてごめんなさい!)

岡山県臨床心理士会での講演

11月2日 
* 鹿児島空港から神戸空港へ。ポートライナーに乗って神戸駅へ。
  神戸駅から新幹線で岡山へ。
  20年前の1999年の感動を味わいたくて家族三人で大原美術館へ。
  私の好きなモネの睡蓮をはじめ、印象派の画家たちの絵がたくさんあった。そのほかに彫刻や郷土出
 身者の絵画も多数展示されていたが、長旅の疲れもあり、次の日の講演に備えて切り上げた。詳しくは
 美術館巡りPart2に紹介。

11月3日

 岡山県臨床心理士会in岡山(岡山大学教育学部講義棟5202教室)
  上地先生ご夫妻と初めてお会いする。並木のきれいな大学だった。
    

岡山・広島・神戸の旅&講演

* 全障研(全国障害者問題研究)の機関誌『みんなのねがい』(愛称:みんねが)創刊500号記念『21
 番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』を出版して「ーどう生まれたかではなく、どう生きるか
 ー」が掲載。

11月1日

* 参加された多くの方々から「感動した、とても素敵な会だった」という感想をたくさん頂いた。
  参加して下さった皆様と準備して下さった両親の友人の方々に感謝!!きれいなお花や祝電、メッセージを
 下さった皆様に感謝!!
  (当日の写真集は後日、別途にて載せる予定です。)

高校時代の恩師、友人と談笑

 八月の空に 今もこだまするのは 若き詩人の叫び
 遠き被爆者のこえ あなたに感じますか
 てのひらの温もりが 人の悔し涙が 生き続ける苦しみが

  わたしの国とかの国の  人の生命はおなじ
  この青い大地のうえに  同じ生を得たのに
  ヒロシマの有る国で  しなければならないのは
  ともる戦の火種を  消すことだろう

「ヒロシマの有る国で」

上は歌っておられる川野先生と
有馬冨美子先生作のお花

 ひきつづき、川野先生がギターを即興で弾きながら私のリクエスト曲の「ヒ
ロシマの有る国で」(山本さとし作詞・作曲)をすばらしいお声で歌われた。
 会場は感動に包まれた。
 最後に元KKB放送局・放送局の中村(旧姓:池上)様もお話をされ、伯父・
伯母たちの歌に私たち家族三人も加わって「花をおくろう」を歌った。(写真
左)
 大原雅代さんと迫田裕子さんの花束贈呈で会は幕を閉じた。

 京都大学名誉教授の武部先生のお話は「綾さんのこの本は世界で初めての本だという
ことを皆さんにお話をしたくて今日は京都からやって来ました」というインパクトのあ
るものだった。
 坂之上時代の幼児期を詩人の茂山先生が懐かしげに話して下さった。
 ひまわり幼稚園のシスター先生は、母の短歌を交えながら私の幼稚園時代を話して下
さった。
 

 友人の高田直美さんは私の小・中学校時代の思い出を話してくれた。
 中学時代、三年間担任をして下さった大木信剛先生は「綾さんは平成の篤姫です」と言われた。嬉しかった反
面、少し恥ずかしかった。
 体育担当だった二川先生も今回は泣かないで話された。

 * 小児科医の松田先生のバイオリンに合わせて「A Thounsand Wind(千の風になって)」の英語詩(9・11
 ニューヨーク・グラウンドゼロで朗読されたもの)を朗読した。思い出に残るコラボレーションだった。
  かもがわ出版の鶴岡さんが『21番目のやさしさに』や私たち家族の本について話して下さった。
  元鹿児島大学教授で、大学時代に障害者福祉論を受講した清原先生は講義や試験の時のことなどを話された。
 父の親友の広田様(元南日本新聞社社長)も「千の風になって」について話された。