鹿児島空港から大阪・伊丹空港経由で新潟空港へ。
 空港に降り立つと、にぎやかで元気な声とともに「ようこそ新潟へ、岩元綾さん!」と
いう横断幕が目に飛び込んできた。(その時の写真が撮れていなくて残念!)
 写真を撮ったりして短い交流の後、JDS新潟支部アンダンテの前会長・滝沢様親子の車
で北方文化博物館へ。
 地元の大地主「伊藤家」の屋敷が博物館となり、とても広い大豪邸だった。目を見張る
ような豪邸に圧倒されながらも、米俵やびっしりと書かれた帳簿などが多量に展示されて
いて歴史好きな私にとって興味深いものだった。
 宿泊していた月岡温泉から滝沢さんの車で講演会場へ。

 

* エッセー集『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』が目の不自由な人のための録音化
 される。(名古屋市鶴舞中央図書館)
 

  Diary(思い出の記録) Vol.8
 
  <2009.1〜7月>

* 写真展「ゆっくり育て!私たちのたからものー出会えた奇跡をありがとうー」in愛媛
 への展示に添えるメッセージ(写真右)や本『21番目のやさしさに』、『スマッジがい
 るから』などを送る。
  大阪展、神戸展と送ったが、どの展示会も大成功だった。

6月29日
* 二日目、新潟大学脳研究所へ。
  統合脳機能研究センター・臨床機能脳神経科学分野の山田先生との出会い。
  なんと私もCTスキャンに初挑戦!工事中のような効果音で最初は不安だったが、二回目の脳波検
 査の時には思わず気持ちよく眠ってしまった。山田先生はとても気さくな方で、優しい先生だった。
 すべてが驚きの連続であったが、とても勉強になった。

 懇親会は新潟市内の和風レストラン。料理もとてもおいしく、ダウン症の子どもを抱えた多くの親御さん
たちとお話ができてとても楽しかった。
 この講演の締めくくりは204枚に及ぶアンケートが送られてきたことだ。お一人お一人、心を込めて書い
て下さっていて、新潟まで行ってほんとうによかったと思っている。

2009・1月1日 
    新しい年の始まり。今年はどんな年になるのだろうか。
    たくさんの方から年賀状を頂いた。感謝!

三が日

叔父が釣ってきてくれた尾ながの刺身の味は格別だった

あけまして
   おめでとうございます

 自然に囲まれ、静かな森の中のとてもきれいな広い大学だった。
 講義室には予想を超えるたくさんの方々でいっぱいで、入りきれないほどだった。

新潟市歴史博物館
(みなとぴあ)前で

出窓の障子を開けると   2009年の朝日がさしてくる  
            

 6月30日
 * 講演旅行最終日、新潟市街地をバス観光。
   バスのアナウンスから聞こえるその街の歴史や文化などの説明がとても分かりやすく、歴史好きな
  私にとって最高の旅だった。みなとぴあ(新潟市歴史博物館)もその一つで、私が行ってみたいと思
  っていたのでバスから降りて行った。詳しくは美術館・博物館巡りで紹介したいと思う。
   私の好きな童謡「砂山」の碑、曇っていたので日本海に沈む夕日と佐渡島を見られなかったのが心
  残りだった。

6月28日

 愛あればこそ  愛あればこそ 
 ささやかな日々の中でも  輝いて生きてゆける

2月21日

 * 日フィル(日本フィル)ハーモニー交響楽団・第34回九州公演2009(宝山ホール)<鹿児島県文
  化センター>
   34回目を迎える今年は世界で活躍している若手チェリストの横坂源さんを迎えてのコンサートだ
  った。
   ドボルザークのチェロ協奏曲を演奏された横坂さんのチェロの重厚できれいな音色は22歳という
  若さを生かした大胆で、繊細さもあるフレッシュなものだった。
   また、新調したばかりの眼鏡をかけながら私の好きなスメタナの交響詩「わが祖国」より「モル
  ダウ」はCDだけでは味わえない生演奏を見聞きすることもでき、母が奮発してくれたS席での鑑賞
  はすばらしかった。最高の夜のひとときだった。
   コバケンこと小林研一郎さんの指揮は独特なものだった。実際にホールで音楽を聞くのはその時
  のインパクトや醍醐味もあり、私たちに音楽が持つすばらしい力を教えてくれるような気がする。

2月19日

いつものような朝

2月4日

となりの空き地のピラカンサの下を  

愛あればこそ

2009年の私たちの年賀状

 シスター先生をはじめ東先生など、当時の先生方との久しぶりの再会。
 この日は母親参観日であり、ホールには入りきれないほどの多くのお母様方が私の拙い
スピーチを静かに熱心に聞いて下さってとても嬉しかった。
 さらにエッセー集『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の出版一年目の記
念日でもあり、21番目のやさしさにー私の原点・ひまわり幼稚園ー」と題して幼稚園での
思い出なども話した。とても思い出に残る日となった。
 特別来賓として、短編アニメ映画部門でアカデミー賞を受賞された加藤久仁生監督のお
母様が聞きに来て下さった。初対面ではあったが、きれいで優しい方だった。
 加藤監督は私より3年ぐらい後にこの幼稚園を卒園されていて、同じ卒園生の私にと誇
りに思う。いつかひまわり幼稚園コンビで本が出せたらいいなという話に花が咲いた。

 * 当時、私が生まれたころの鹿児島大学病院小児科の婦長をしておられた奥村さんよりきれ
  いな春を告げるチューリップの大きな花束が届く。(写真左はその一部)
   そんな私の春を思い出して下さったのだろうか。とても懐かしく、嬉しい気持ちになった。

元旦の朝は少し忙しい 

5月27日

* サンクトぺテルブルク・プラハ旅行の説明会。

3月1日

母は雑煮作り  私は料理を運ぶ

 席が限られ、お断りをする方々がたくさん出てきたという。そんな
中、梅原司平ファンの会の田野様ご夫妻が来て下さって久しぶりに再
会。懐かしかった。
 アンダンテとドレミくらぶの子どもたちがかわいいダンスを披露し
てくれた。とても表情豊かに楽しく踊っていたのが印象的だった。
 私の拙いスピーチを多くの方々が熱心に聞いて下さって、とても嬉
しかった。
 講演後には控え室にてNHK新潟放送局の取材を受ける。何回受けて
も取材はやっぱりどきどきして、うまく思うようにできない。

水と文化の風薫る街・新潟講演旅行

* シスター先生との悲しい最後のお別れのため、鹿児島市内のカトリック教会へ。
  葬儀・告別式は教会でしめやかに行われた。教会には入りきれないほどの多くの卒園生やその保護
 者の方々が参列し、なかには座れる席がなくて外で見送る方々もおられた。加藤監督のご家族も駆け
 つけて来られ、共に別れを惜しんで涙した。 
  マリア様のもとへ帰天(きてんーローマ・カトリック教会用語で『永眠』の意味ー)されたシスタ
 ー先生。ひまわり幼稚園でのびのびと過ごさせて下さったシスター先生の存在は私たちにとって大き
 く、かけがえのないものだった。
  先生も千の風になられ、大好きだったひまわり幼稚園と先生方や子どもたち、そして私たち卒園生
 を見守っておられることと思う。

5月25日

 * 写真展「ゆっくりそだて、私たちの宝もの」in大阪に添えるメッセージや『21番目のやさしさにー
  ダウン症の私からー』、HOW SMUDGE CAMEー『スマッジがいるから』ーなどを送る。3月17日〜19日
  まで展示。

降りしきる雨の中にも  吹きすさぶ風の中にも
どんな時でも  どんな人にも 求めて止まない詩がある

私はテレビの駅伝中継を楽しみ 

父は美味しそうにお酒を飲む    

出版を祝う会で頂いた花

* 久しぶりに聴講で母校・志学館大学へ。
  今年もまたフランス語を勉強したいと思っていたのだが、残念なことに他に受講者がなく、休講に
 なってしまった。代わりに英米文学講読を受講することにした。内容はシェークスピアの四大悲劇の
 ひとつの「ロミオとジュリエット」。

4月21日

三が日 いつもの正月と変わらないけれど 

小鳥たちが散歩している

新潟青陵大学・5号館5301講義室での講演会。

父は祝い酒の燗の準備 

 昨年は多くの方々の支えのなかで綾の本を出版でき、記念すべき年
となりました。
 新しい年が福祉や教育、人々の暮らしに優しさと平和の流れが膨ら
む年となるように願いながら歩いていこうと思います。
 皆様にとってよい年でありますよう、お祈り致します。
           2009・元旦

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7月4日

* 第10回世界ダウン症会議inアイルランド(ダブリン)のブース展示に私と松田幸久先生との英語
 のメッセージを添えて『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』、MAGIC CANDY DROP(魔
 法のドロップ)、カナダの絵本HOW SMUDGE CAME『スマッジがいるから』をJDS(日本ダウン症協会)
 に送る。私のメッセージが世界の人達に届いてくれると、とても嬉しく思うのだが。 

6月22日

* この講演会から5日後、シスター(Sr)先生がくも膜下出血で亡くなられたという突然の知らせが入
 る。(享年69歳)
  こんなに早い別れが来るとは思わなかったので、信じられない気持ちでいっぱいだった。嘘であっ
 てほしいと最初は思ったが、しばらくたって込みあげてくる涙を抑えることはできなかった。入園当
 時から私をずっと支えて下さり、陰ながらいつも応援して下さっていただけに心の支えを失った時の
 ショックは大きかった。 

加藤監督のお母様と

 母の日講演会でのスピーチ・交流。(ひまわり幼稚園・園内ホール)   

5月20日

* バリアフリーコンサート(かごしま県民交流センター・中ホール西棟2F)
  このコンサートは日本各地の心身に障害を持つ子どもたちやその家族、サポーターの方々、小児科
 医師などのコラボレーションで歌やダンス、器楽演奏を披露して障害の有無を越えて繰り広げられた。
 なかには北海道や福島からも小児科の先生方が見えていた。
  私もピアノの先生と松田幸久先生のバイオリン演奏に合わせて、MAGIC CANDY DROP(魔法のドロッ
 プ)の一部分と「千の風になって」の英語詩を朗読。松田先生のバイオリンの上達ぶりに驚きながら。
 ピアノの音もすばらしく、とても素敵なコラボレーションになった。

5月5日(こどもの日)

* 長年、夢に見ていたサンクトぺテルブルクとプラハ行きが決まり、手続き完了。

4月20日

* 読売新聞西部本社・生活文化部の田口様、来訪。久しぶりにお話できて嬉しかった。

4月5日

* 『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の書評が新英研(新英語教育研究会)の機関誌
 「新英語研究・4月号」に掲載。
  15年前の2004年に私が原鶴大会で講演をしていたので、会長の柳沢先生が書いて下さった。

* 京都・かもがわ出版より『21番目のやさしさに』の3刷が届く。
  試行錯誤の末に必死で書き続けてきただけに私の本が3刷までくるとは思わなかった。でも改めて
 手にして喜びが苦労した分だけ、少しずつ膨らみ始めている。とても嬉しい出来事だった。もっと多
 くの人達に読んでもらったらなあと思った。
 

4月1日

* 写真展「ゆっくりそだて、私達のたからもの」in神戸に添える私のメッセージや『21番目のやさし
 さに』、『スマッジがいるから』、神戸市看護大学での講演の時の写真などを送る。
  4月8日〜12日まで展示

3月30日

愛あればこそ  愛あればこそ
ささやかな日々の中でも  輝いて生きてゆける

限りない星くずの  たった一粒  その星で繰り返す 
出逢いと別れの詩  生きている手応えが 誰も欲しくて
さまざまな人生の  朝がはじまる

 司平さん追っかけの有馬冨美子
先生作(出版を祝う会の写真より)

 *  梅原司平コンサートinみんなのつどい(本願寺鹿児島別院・本堂)
   本堂に響き渡る司平さんの歌声は62歳の今もなお健在。お話も得意の梅原節が出ていてとてもお
  もしろく、楽しかった。あいにくの雨の中、コンサートを聞きに来た人達に生きることのすばらし
  さと元気を与えてくれた。
   以下はメジャー再デビューの「愛あればこそ」(キングレコート)

  

2月22日

母は料理を作り年賀状の整理  

6月27日

新潟青陵大学・5号館5301講義室で

4月23日

 私が思い描いていた新潟平野は実際に行ってみると、とてつもなく広かった。新潟市内を流れる二つの大
きな川・阿賀野川と信濃川は豊かに水を湛(たた)え、自然の優しさが私の心を豊かにしてくれる。信濃川
は長野県に入ると千曲川になるというのもおもしろい。
                

* NHK大河ドラマ「天地人」ゆかりの地・新潟へ。新潟へ行くのは初めてだった。