Diary(思い出の記録) Vol.8
 
  <2009.1〜7月>

* この講演会から5日後、シスター(Sr)先生がくも膜下出血で亡くなられたとい
 う突然の知らせが入る。(享年69歳)
  こんなに早い別れが来るとは思わなかったので、信じられない気持ちでいっぱい
 だった。嘘であってほしいと最初は思ったが、しばらくたって込みあげてくる涙を
 抑えることはできなかった。入園当時から私をずっと支えて下さり、陰ながらいつ
 も応援して下さっていただけに心の支えを失った時のショックは大きかった。
 

三が日

4月21日

叔父が釣ってきてくれた尾ながの刺身の味は格別だった

2009・1月1日 
    新しい年の始まり。今年はどんな年になるのだろうか。
    たくさんの方から年賀状を頂いた。感謝!

 鹿児島空港から大阪・伊丹空港経由で新潟空港へ。
 空港に降り立つと、にぎやかで元気な声とともに「ようこそ新潟へ、岩元
綾さん!」という横断幕が目に飛び込んできた。(その時の写真が撮れてい
なくて、残念!)
 写真を撮ったりして短い交流の後、JDS新潟支部アンダンテの前会長・滝
沢様親子の車で北方文化博物館へ。
 地元の大地主「伊藤家」の屋敷が博物館となり、とても広い大豪邸だった。
目を見張るような豪邸に圧倒されながらも、米俵やびっしりと書かれた帳簿
などが多量に展示されていて歴史好きな私にとって興味深いものだった。
 宿泊していた月岡温泉から滝沢さんの車で講演会場へ。

 

6月29日
* 二日目、新潟大学脳研究所へ。
  統合脳機能研究センター・臨床機能脳神経科学分野の山田先生との出会い。
  なんと私もCTスキャンに初挑戦!工事中のような効果音で最初は不安だったが、
 二回目の脳波検査の時には思わず気持ちよく眠ってしまった。山田先生はとても気
 さくな方で、優しい先生だった。すべてが驚きの連続であったが、とても勉強にな
 った。

 * 日フィル(日本フィル)ハーモニー交響楽団・第34回九州公演2009(宝山ホール)
  <
鹿児島県文化センター>
   34回目を迎える今年は世界で活躍している若手チェリスト・横坂源さんを迎えて
  のコンサートだった。
   ドボルザークのチェロ協奏曲を演奏された横坂さんのチェロのきれいな音色は22
  歳という若さを生かした大胆で、繊細さもあるフレッシュなものだった。
   また、新調したばかりの眼鏡で私の好きなクラシック曲の一つ・スメタナの交響
  詩「わが祖国」より「モルダウ」はCDだけでは味わえない生演奏を見ることも聞く
  こともでき、母が奮発してくれたS席での鑑賞はすばらしかった。最高の夜のひとと
  きだった。
   コバケンこと小林研一郎さんの指揮は独特なものだった。実際にホールで音楽を
  聞くのはその時のインパクトや醍醐味もあり、私たちに音楽が持つすばらしい力を
  教えてくれるような気がする。

2月19日

いつものような朝

愛あればこそ

 愛あればこそ  愛あればこそ 
 ささやかな日々の中でも  輝いて生きてゆける

あけまして
   おめでとうございます

 * 写真展「ゆっくりそだて、私たちの宝もの」in大阪に添えるメッセージや『21番
  目のやさしさにーダウン症の私からー』、
HOW SMUDGE CAMEー『スマッジがいるから』
  ーなどを送る。3月17日〜19日まで展示。

 * 当時、私が生まれたころの鹿児島大学病院小児科の婦長をしておられた奥
  村さんよりきれいな春を告げるチューリップの大きな花束が届く。(写真左
  はその一部)
   そんな私の春を思い出して下さったのだろうか。とても懐かしく、嬉しい
  気持ちになった。

出窓の障子を開けると   2009年の朝日がさしてくる  
            

6月28日

新潟青陵大学・5号館5301講義室での講演会。

 6月30日
 * 講演旅行最終日、新潟市街地をバス観光。
   バスのアナウンスから聞こえるその街の歴史や文化などの説明がとても分かりや
  すく、歴史好きな私にとって最高の旅だった。みなとぴあ(新潟市歴史博物館)も
  その一つで、私が行ってみたいと思っていたのでバスから降りて行った。詳しくは
  美術館・博物館巡りで紹介したいと思う。
   私の好きな童謡「砂山」の碑、曇っていたので日本海に沈む夕日と佐渡島を見ら
  れなかったのが心残りだった。

2月22日

降りしきる雨の中にも  吹きすさぶ風の中にも
どんな時でも  どんな人にも 求めて止まない詩がある

2月4日

となりの空き地のピラカンサの下を  

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2009年の私たちの年賀状

* エッセー集『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』が目の不自由な人
 のための録音化される。(名古屋市鶴舞中央図書館)
 

元旦の朝は少し忙しい 

母は雑煮作り  私は料理を運ぶ

 自然に囲まれ、静かな森の中のとてもきれいな広い大学だった。
 講義室には予想を超えるたくさんの方々でいっぱいで、入りきれないほどだった。

 シスター先生をはじめ東先生など、当時の先生方との久しぶりの再会。
 この日は母親参観日であり、ホールには入りきれないほどの多くのお母
様方が私の拙いスピーチを静かに熱心に聞いて下さってとても嬉しかった。
 さらにエッセー集『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の
出版一年目の記念日でもあり、21番目のやさしさにー私の原点・ひまわり
幼稚園ー」と題して幼稚園での思い出なども話した。とても思い出に残る
日となった。
 特別来賓として、短編アニメ映画部門でアカデミー賞を受賞された加藤
久仁生監督のお母様が聞きに来て下さった。初対面ではあったが、きれい

6月22日

* バリアフリーコンサート(かごしま県民交流センター・中ホール西棟2F)
  このコンサートは日本各地の心身に障害を持つ子どもたちやその家族、サポータ
 ーの方々、小児科医師などのコラボレーションで歌やダンス、器楽演奏を披露して
 障害の有無を越えて繰り広げられた。なかには北海道や福島からも小児科の先生方
 が見えていた。
  私もピアノの先生と松田幸久先生のバイオリン演奏に合わせて、
MAGIC CANDY DROP
 (魔法のドロップ)の一部分と「千の風になって」の英語詩を朗読。松田先生のバ
 イオリンの上達ぶりに驚きながら。ピアノの音もすばらしく、とても素敵なコラボ
 レーションになった。

* サンクトぺテルブルク・プラハ旅行の説明会。

4月23日

* 『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の書評が新英研(新英語教育
 研究会)の機関誌「新英語研究・4月号」に掲載。
  14年前の2004年に私が原鶴大会で講演をしていたので、会長の柳沢先生が書いて
 下さった。

* 京都・かもがわ出版より『21番目のやさしさに』の3刷が届く。
  試行錯誤の末に必死で書き続けてきただけに私の本が3刷までくるとは思わなかっ
 た。でも改めて手にして喜びが苦労した分だけ、少しずつ膨らみ始めている。とて
 も嬉しい出来事だった。もっと多くの人達に読んでもらったらなあと思った。
 

 司平さん追っかけの有馬冨美子
先生作(出版を祝う会の写真より)

6月27日

* NHK大河ドラマ「天地人」ゆかりの地・新潟へ。新潟へ行くのは初めてだった。

私はテレビの駅伝中継を楽しみ 

父は美味しそうにお酒を飲む    

出版を祝う会で頂いた花

5月25日

4月1日

三が日 いつもの正月と変わらないけれど 

小鳥たちが散歩している

 昨年は多くの方々の支えのなかで綾の本を出版でき、記念す
べき年となりました。
 新しい年が福祉や教育、人々の暮らしに優しさと平和の流れが
膨らむ年となるように願いながら歩いていこうと思います。
 皆様にとってよい年でありますよう、お祈り致します。
           2009・元旦

 懇親会は新潟市内の和風レストラン。料理もとてもおいしく、ダウン症の子どもを抱え
た多くの親御さんたちとお話ができてとても楽しかった。
 この講演の締めくくりは204枚に及ぶアンケートが送られてきたことだ。お一人お一人、
心を込めて書いて下さっていて、新潟まで行ってほんとうによかったと思っている。

 講演後には控え室にてNHK新潟放送局の取材を受ける。何回受けても取材はやっぱりどき
どきして、うまく思うようにできない。

 席が限られ、お断りをする方々がたくさん出てきたという。
そんな中、梅原司平ファンの会の田野様ご夫妻が来て下さっ
て久しぶりに再会。懐かしかった。
 アンダンテとドレミくらぶの子どもたちがかわいいダンス
を披露してくれた。とても表情豊かに楽しく踊っていたのが
印象的だった。
 私の拙いスピーチを多くの方々が熱心に聞いて下さって、
とても嬉しかった。

 私が思い描いていた新潟平野は実際に行ってみると、とてつもなく広かった。新潟市内
を流れる二つの大きな川・阿賀野川と信濃川は豊かに水を湛え、自然の優しさが私の心を
豊かにしてくれる。信濃川は長野県に入ると千曲川になるというのもおもしろい。
  
              

で優しい方だった。
 加藤監督は私より3年ぐらい後にこの幼稚園を卒園されていて、同じ卒園生の私にと誇り
に思う。いつかひまわり幼稚園コンビで本が出せたらいいなという話に花が咲いた。

新潟青陵大学・5号館5301講義室で

* 写真展「ゆっくり育て!私たちのたからものー出会えた奇跡をありがと
 うー」in愛媛への展示に添えるメッセージ(写真右)や本『21番目のやさ
 しさに』、『スマッジがいるから』などを送る。
  大阪展、神戸展と送ったが、どの展示会も大成功だった。

7月4日

* 第10回世界ダウン症会議inアイルランド(ダブリン)のブース展示に私と松田幸
 久先生との英語のメッセージを添えてエッセー集『21番目のやさしさにーダウン症
 のわたしからー』、松田先生著の
MAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)、カナダの絵
 本
HOW SMUDGE CAME『スマッジがいるから』をJDS(日本ダウン症協会)に送る。私の
 メッセージが世界の人達に届いてくれると、とても嬉しく思うのだが。
 

* シスター先生との悲しい最後のお別れのため、鹿児島市内のカトリック教会へ。
  葬儀・告別式は教会でしめやかに行われた。教会には入りきれないほどの多くの
 卒園生やその保護者の方々が参列し、なかには座れる席がなくて外で見送る方々も
 おられた。加藤監督のご家族も駆けつけて来られ、共に別れを惜しんで涙した。 
  マリア様のもとへ帰天(きてんーローマ・カトリック教会用語で『永眠』の意味
 ー)されたシスター先生。ひまわり幼稚園でのびのびと過ごさせて下さったシスタ
 ー先生の存在は私たちにとって大きく、かけがえのないものだった。
  先生も千の風になられ、大好きだったひまわり幼稚園と先生方や子どもたち、そ
 して私たち卒園生を見守っておられることと思う。

5月27日

加藤監督のお母様と

 母の日講演会でのスピーチ・交流。(ひまわり幼稚園・園内ホール)   

5月20日

5月5日(こどもの日)

* 久しぶりに聴講で母校・志学館大学へ。
  今年もまたフランス語を勉強したいと思っていたのだが、残念なことに他に受講
 者がなく、休講になってしまった。代わりに英米文学講読を受講することにした。
 内容はシェークスピアの四大悲劇のひとつの「ロミオとジュリエット」。

* 長年、夢に見ていたサンクトぺテルブルクとプラハ行きが決まり、手続き完了。

4月20日

* 読売新聞西部本社・生活文化部の田口様、来訪。久しぶりにお話することができ
 て嬉しかった。

4月5日

* 写真展「ゆっくりそだて、私達のたからもの」in神戸に添えるメッセージや『21
 番目のやさしさに』、『スマッジがいるから』、神戸市看護大学での講演の時の写
 真などを送る。
  4月8日〜12日まで展示

3月30日

母は料理を作り年賀状の整理  

父は祝い酒の燗の準備 

愛あればこそ  愛あればこそ
ささやかな日々の中でも  輝いて生きてゆける

新潟市歴史博物館
(みなとぴあ)前で

 *  梅原司平コンサートinみんなのつどい(本願寺鹿児島別院・本堂)
   本堂に響き渡る司平さんの歌声は62歳の今もなお健在。お話も得意の梅原節が出
  ていてとてもおもしろく、楽しかった。あいにくの雨の中、コンサートを聞きに来
  た人達に生きることのすばらしさと元気を与えてくれた。
   以下はメジャー再デビューの「愛あればこそ」(キングレコート)

  

2月21日

3月1日

限りない星くずの  たった一粒  その星で繰り返す 
出逢いと別れの詩  生きている手応えが 誰も欲しくて
さまざまな人生の  朝がはじまる

水と文化の風薫る街・新潟講演旅行