トピックス Part2

私のカナダ紀行(バンクーバー)

 グレースさんはバンクーバーに移住して12年目の今年、“Cinderella-Grace-Vancouver Princess
という童話を英語で出版されました。ご自分の仕事部屋だと言ってお部屋を見せて下さいました。
 ご両親はグレースさんがだんだん中国語を忘れていくと少し寂しそうでした。
 お母様は日本に留学されたことがあり、日本語も話されましたが、少し難しくなると漢字を書いて筆
談でいろいろなことを母に説明して下さいました。
 お父様とお兄様はグレースさんが世界で一番おいしいと自慢する最高のウーロン茶をご馳走して下さ
いました。
 広いお庭に面した日当たりのよいお部屋で午後のひとときを楽しく語らうことができました。

 Talent show(タレントショー)が終わったあと、私がこの会の世界会議賞を受賞した
経緯を母から聞きました。「あなたがこれまでダウン症について理解を求めて頑張ってき
たことと、絵本の翻訳や第8回世界会議でのスピーチなどが評価されてもらった賞なのよ」
と母が言いました。
 シュロの葉型の楯(たて)には
「Exceptional Person With Down Syndrome Award」
Recognizing the outstanding example, leadership and contribution that
you have made to inspire others
「優れた才能を持つダウン症者本人の賞」(あな
たの他の人々に対するリーダーシップと優れた功績を称えます)と刻み込まれています。

8月23日(水)

 私たちは常にブースの前にいることはできませんでしたが、私のシンガポールでのスピーチを食
い入るように見つめている世界各国の人たちが何人もいたそうです。
 25日は4時半から5時半までいましたが、ドイツやイギリスの方たちや日本の方が熱心に見ておら
れて一緒に写真を写していかれました。シンガポールで出会った方たちも何人か見え、Jessica
Chenさんともお会いしました。
 もう終わろうとしているところにニガラグアからの方が見えて、名残惜しそうに何か英語の本は
ないかと言われるのですが、片づけようと取り外した私のシンガポールでのスピーチ原稿をあげました。
とても喜んで、何度も振り返っていかれました。
 私たちはポスターセッションをやってよかったと話し合いました。

 一週間のカナダ旅行が無事に終わることを祈り、いよいよモザイクの国・カナダへ。カナダ旅行は私たち家族に
とって初めての体験でした。
 赤ちゃん体操の藤田先生一行と関西空港で合流できて喜んでいたのですが、飛行機が七時間も遅れて出発したの
でした。

 その夜はようやく待望のシーフードレストランに行き、海を見ながらバンクーバー最後の夕食を取りました。
おいしかった(^^) 
   
       

 グレースさんとの別れを惜しみながら、ご両親がバンクーバーの景色が一望できる高級住宅街を案内して下
さいました。ますの養殖場のある広い湖を案内して下さる予定でしたが、私たちの時間がなく、ホテルに送っ
て頂きました。

 グレースさんは現在、Vancouver Town College(バンクーバー市立短期大学)に在学中です。
 この短期大学では1クラス10人くらいであらゆる障害を持つ人たちが一緒に入っていて、サポーターはまった
くついていなくてそれぞれの学生が自分にあった技能を身につけるために勉強するのだといいます。

 

 グレースさんは、12歳の時に台湾からバンクーバーに移住されたそうです。
 それまでは中国語で生活していましたが、その時から家庭教師がつき始めて英語を勉
強され、学校では高校までマンツーマンでサポーターがついたということでした。
 現在もライターのJudy McFarlane(ジュディー・マクファーレン)さんが家庭教師
としてついておられて、英語を習得されています。

世界会議事務局のSue Porcoさんと

 我が家の専属カメラマンの父はこの時、ビデオカメラを回していて私が楯をもらうところを写真に撮るのを忘れ
ていたのでした。

  現地の療育施設・Cascadia(キャスケイディア)へ。
  早稲田大学の長谷川先生ご一家のお世話で訪問することになりました。
  奥様の静江様のご友人・アルバート勝子様がホテルに迎えに来て下さり、日本でいえば水上バス:シーバス
 (SeaBus)乗り場に向かいました。ちょうど藤田先生ご一行も一緒に行かれることになり、総勢14名で乗船し
 ました。
  スタンレーパークなど、周りの景色を見ながら湖のような海の上をゆっくりと静かに走るシーバス(SeaBus)
 は気持ちのいいものでした。
  降りるとデイビッド・長谷川くんが迎えに来ていて、Cascadia(キャスケーディア)に案内して下さいまし
 た。 

8月28日(月)

 コピソン先生がホテルに迎えに来て下さり、バンクーバー・コロンビア大学(UBC)の中にある博物館に連れ
て行って下さいました。コピソン先生が館内を案内しながら説明して下さり、とても勉強になりました。詳し
いことは私のHP
「美術館巡り」Part.2で紹介します。
 

 飛行機は23日の午後3時過ぎ(日本時間)にバンクーバーに着きました。
 午前中にするはずだった市内観光は結局、夕方遅くになってしまいました。それでもスタ
ンレーパークは観光客でいっぱいで、トーテムポールの前ではそれぞれ記念撮影をしていま
した。
 広い公園内を馬車が走っていました。トーテムポールの横を通り抜けると、海が広がって
いて、その向こうにカナディアン・ロッキーにつながるバンクーバーの山々が見えました。
 広い公園内のあちらこちらを見て回りたかったのですが、長~~い旅の疲れで体が動きま
せんでした。写真はすっかり疲れ気味の家族三人です。

グロース・マウンテンから見たバンクーバーの街

バンクーバー空港で藤田先生と

 朝8時に旅行会社の車でホテルを出て、バンクーバー空港に向かいました。空港に着くとすでに藤田先生ご
一行がついておられました。私の受賞を報告すると、とても喜んで下さってその場で早速、記念撮影が始まり
ました。

グレースさんとご両親、Judyさん

 幼いころからあまり騒々しいテレビなど見せず、できるだけ静かな音楽を聞かせて育てたとお母様がおっしゃ
っていました。

グレースさんと家庭教師
のJudyさん

8月27日(日)

 会場でこの会議のボランティアで尽力された山下さんご一家ともお会いしました。そしてシンガポールでお会い
したラブジャンクスの方たちとも再会しました。
 昼食が終わって会場を出ると、目の前には氷河を見に行くという豪華客船があり、とても気持ちのいい午後でし
た。日本から来たラブジャンクスの方たちとゆっくりと話をしながらホテルに帰りました。
 夜のディナー&ダンスパーティーはいろんな国の方々とお会いしましたが、次の日の準備に備えてディナーだけ
で帰りました。

 私は自身が英訳・出版したMAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)を朗読しました。広く
てにぎやかな雰囲気の会場だったので少し不安でしたが、会場の皆さんがとても静かに熱心
に聞いてくれました。
 世界大会のボランティアの山下さんが私の絵本の朗読に使うテーブルなどをいろいろ探し
て、準備して下さってとても助かりました。
 朗読が終わった時、予期せぬ事態が起こったのです。通訳して下さった寺山さんと母が楯
のようなものを持ってきました。それを見たディレクターの方と司会の方が“Oh!”と驚き
の叫びをあげて、会場の面前に紹介しながら楯を私に渡してくれたのです。会場の面前に紹
介しながら楯を私に渡してくれたのです。会場の人々が総立ち(スタンディング・オベーシ
ョン)になって拍手しているなかで何をもらったのか分からないまま、呆然としていました。
ラブジャンクスのフィナーレで会場が沸いているなかでも、ぼーとしていました。 

 いよいよTalent Show(タレントショー)。
 8時30分、会場のコンベンションホールへ。
 二階の昼食の受付場所でLove Junx(ラブジャンクス)の方々とお会いし、一緒に受付をしながら会場に向かい
ました。
 Talent show(タレントショー)の会場はポスターセッションのあった同じ所でしたが、そこは世界各国からや
ってきたダウン症の若者たちが自己表現をする場でした。激しいロック調の音楽に合わせてギターを持ってダンス
をする人たちや美しい音色でバイオリンを弾く人、アコースティックギターに合わせてきれいな声で歌う人などが
いました。

 

8月26日(土)

 ポスターセッションに戻り、私たちは世界中のいろんな人たちと交流しながら5時半過ぎに後片付けをしました。
 次の日(26日)のTalent show(タレントショー)の会場の確認に行き、その時初めてタレントショー担当のSue Porco(スー・ポルコ)さんとお会いしました。
 この夜は私がもらった世界会議賞の授賞式があったようですが、何も知らない私たちはホテルのラウンジで海を
見ながら食事をしていました。
         
        

 昼食はシーバス(SeaBus)乗り場近くのレストラン。
 そこで食べたから揚げ丼は久しぶりのご飯(初めてのインディカ米でしたが・・・)をとてもおいしく頂きまし
た。母と藤田先生はシーフードの焼きうどんを食べ、母は久しぶりに日本のうどんをおいしく食べたと言っていま
した。

 

 ご一緒した大阪教育大学の先生方はこれらの見学について、とても勉強になっ
たと言っておられました。
 赤ちゃん体操の先生方や施設のスタッフの方々との施設の前での記念撮影(写
真右)を終え、Grouse Mountain(グロースマウンテン)の停留所に送って頂き
ました。
 急な山の斜面を一気にケーブルカーでグロースマウンテンに上り、下りると大
きな公園になっていました。ケーブルカーの窓からも展望台からもバンクーバー
の街が一望に見渡せました。

  なんと、私はここで30分間のスピーチをすることになっていたのです。
  中庭のようなところで体中をリラックスさせる運動の指導を受けたあと、施設内を見学しました。
  施設内のあまり大きくない部屋にぎっしり座って、みんな私のスピーチを熱心に聞いてくれました。私の
 赤いブラウスと同じ真っ赤な着物を着た童女の日本人形を記念に差し上げました。とても喜ばれました。
  スピーチのあとにはもう一つのこの施設に住んでいる人たちの部屋を見学しました。とてもきれいな、立
 派な部屋でサポーター付ということでした。私もこんな部屋に住んでみたいと思いました。(^^)

 コピソン先生の通訳で父との会話が弾みました。
 食後、ナンさんのご主人が愛犬のLadyと私たち家族を散歩に誘って下さいました。広い公園を
抜けると、ものすごく大きな木々があり、まるで森のようでした。
 ナンさんの書斎も見せて下さり、画集や新しい絵本も頂きました。
 

 ナンさんのお宅は森の中のような、大きな木のある静かな住宅街にありました。
 初めてナンさんとお会いした時、優しい心を持つお方だなとすぐに感じました。最
初私は緊張していましたが、ナンさん自身もご自分の緊張する気持ちと重ね合わせな
がら私を受けとめて下さいました。
 ご自宅の外のテラスで、MAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)を私に読んで聞かせ
てほしいと言われて読んだところ、感情がこもっていてすばらしいと言われました。

 その日の夕方5時、コピソン先生のお車でナン・グレゴリーさんのお宅に向かいました。
 今回のバンクーバー行きの目的は私が翻訳・出版したカナダの絵本HOW SMUDGE CAME「スマッジがいるから」
の原作者のナン・グレゴリーさんにお会いするためで、私の長年の夢でした。
 NPO法人JACFA(日本カナダ友好協会)福岡支部の代表・浅海道子先生や元カナダ大使夫人のコピソン珠子先生
のお骨折りで、バカンスから帰ってこられたナンさんとお会いすることになったのでした。


 

 ポスターセッション。
 出発の2日前、ポスターセッションの大きなブースが私たちのために用意されているというメールが入ってき
ました。どうしようと迷いながら、一応本や資料をキャリーに詰めて持って行きました。「すこやかノート」の
吉岡先生たちがポスターセッションをされるということだったので、私たちも頑張ろうとバンクーバーの街に文
房具屋さんを探しに行き、やっと探して父が作ったのが写真です。

 バンクーバーのホテルに着くなり、ルームクリーニングで40分もロビーで長く待た
されました。
 やっと部屋に入ることができ、入ってみるととてもきれいなお花がぽつんと届いて
いました。どなたからだろうと、どきどきしながらメッセージカードを開けてみると
“ようこそ!バンクーバーへ”というコピソン珠子先生(元カナダ大使夫人)からの
ものでした。

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ナンさんご夫妻

 ナンさん手作りのディナーをごちそうになりました。私はサーモンが大好きなの
で、何度もお代わりをしました。母も同じでした。とてもおいしく頂きました。
 父がとうもろこしのお代わりをしたら、ナンさんは手をたたいてとても喜ばれま
した。カナダはとうもろこしとサーモンが旬だということでした。
 父はワインがとてもおいしかったと言います。
 食後にはナンさん手作りの甘~~いパイを頂きました。とてもおいしかったです。

8月25日(金)

8月24日(木)~25日(金)

キャスケーディアでのスピーチ

トーテムポールの前で

 午前11時35分、飛行機はバンクーバー空港を飛び立ち、一路関西空港へ。
 私たちはたくさんの出会いと素敵な思い出を作ってくれたバンクーバーの街に別れを告げたのでした!

 午後2時、Grace Chen(グレース・チェン)さんご一家のお宅に伺いました。日本を出発する前にJDS(日本ダ
ウン症協会)を通じて会いたいというメールがチェンさんから入っていて、お母様とお兄様がホテルに迎えに来
て下さいました。
 チェンさんのお宅は高台の閑静な住宅街にありました。

タレントショーで

藤田先生ご一行とキャスケーディ
アの方々と

 公園のあちらこちらを歩き回りたかったのですが、時間の関係で世界会議の会場に引き返さなければなりません
でした。

 帰りはナンさんご夫妻がホテルまで送って下さり、名残り惜しくお別れしてバンクーバーの夜はふけていきま
した。

ナンさんと

 ご主人が(UBCの先生だそうです)ご自宅の庭で育てられたものだと書いてありました。やっとバンクーバーに
来たんだなという実感がわいてきました。
 

ナンさん、コピソン先生、私たち家族