今回の講演会には共同通信社を含む新聞社やマスコミの方々がたくさん来ていて、
各新聞社との名刺のやり取りに追われた。その中でも共同通信社の小川様が私のひま
わり幼稚園時代の後輩であることを聞いて嬉しい出会いだった。
なかには世界ダウン症の日イベントでお会いした方々もおられ、想い出話に花が咲
いた。
後日、聖路加看護大学大学院の御手洗様より講演後のアンケートが届く。
どの感想もとてもすばらしく、その一枚一枚にはダウン症のお子さんを持つ親御さ
んをはじめ、医療関係者たちの切実な思いが綴られていた。その一部を紹介する。
*「最新の成人期のお話が欲しかったため参加しました。
私の心か少し浄められました。22歳の息子がおります。今までダウン症の息子に対
して言ったりしてきたのが恥ずかしくなりました。産んでくれてありがとうと言って
くれる息子に今日は謝って、改めて息子に対します。イライラしていた自分が恥ずか
しくてたまりません(涙)。本当にありがとうございました。」(50代・医師)
*「3歳のダウン症児を持つ母親です。子どもの今後の教育に生かしていきたいと
思い、参加させて頂きました。昭雄さんのお話はとても勉強になりました。もっと長
く、詳しく聞きたかったです。綾さんのお話はただただ、感動で言葉に言い表せませ
ん。勇気づけられます。」(30代・看護師)
*「実子がダウン症(3か月)のため。
出産後、何冊か綾さんのお母さんが書かれた本を読みましたが、今回実際に綾さん
ご本人のお話を聞き、不必要に悲観的になることなく、日々暮らしていきたい、いけ
ると思いました。ダウン症の方すべてのために、活躍されている綾さんは本当にすば
らしいと思います。どうかお体大事になさりながら今後も夢がかなうようお祈りしま
す。」(30代)
*「綾様の講演、とても力強く感動しました。生きる勇気をもらいました。英語の
スピーチ、絵本の朗読、詩の朗読もよかったです。」(30代)
*「娘からの紹介でダウン症の知識を得たいと思い、参加しました。
綾さんの講演はとても感動してしまいました。言葉のすばらしさと祈りにも似た言
葉の数々、朗読に涙してしまいました。」(60歳)
*「このような会を開いて下さったことに感謝します。衝撃的だったのは岩元綾さ
んの講演でした。ダウン症を持つ方にこれほどの力と可能性があると、今まで考えた
ことがありませんでした。大きな希望と光を抱きました。岩元さんはダウン症を持つ
人として活動していますが、ダウン症に関係なく、すばらしく強く凄い方だと思いま
した。」(40代)
この講演会を企画して下さった有森先生をはじめ有田様、御手洗様、そして実行委
員の皆様に感謝!!
講演会後の夜の交流会もとても楽しく、私にとって忘れられない想い出となった。
今回の講演会を通してまた一つ、達成感を味わうことができた。
Diary(想い出の記録) Vol.16
<2013・1月~
迎 春
長良医療センターの川鰭先生ご夫妻が岐阜市の街並みを案内
して下さった。
この日は天気もよく、3月の陽気の中の桜と街灯とともに咲く桜並木
(写真右上)がとてもきれいだった。
14年前の2006年に岐阜県に講演旅行で行った時はあまりゆっく
りと市内を観光したことがなかったので、川鰭先生ご夫妻のお計らいで
このような体験をさせて頂いたことに嬉しく思った。
2013年
おかげさまで綾の詩「命の重さ」などがいろいろなところ
で朗読されています。
すべての命が等しく大切にされ、平和の礎が揺るがない年
にしたいと思います。
2013年 元旦
岩元昭雄・甦子・綾
* 築地中央市場、見学。
二日目に宿泊していたホテルをチェックアウト。
朝はゆっくり部屋で一休みをして、世界最大の中央市場に行った。
目を見張るほどとても広かった。ターレという乗り物が右往左往しながら行き来し、市場の人
たちが忙しく走り回っていた。あまりの広さに私たち家族の足では回れなかったので、駆け足では
あったが所々にしぼって見て回ることができた。マグロやカツオなど、たくさんの魚がここで並ばれ、
競りに出されるのだなと実際に行って勉強になった。
3月22日
午後7時、いよいよ講演会。
月野先生と小野先生の講演の後、私と父の講演会。
夜の講演会だったにもかかわらず、多くの方々がご参加して下さり、熱心
に聞いて下さってとても嬉しかった。
そして何よりも、10年ぶりの「~して委員会」の月野先生と小野先生との
再会は感慨深いものだった。
この日は好天気に恵まれ、さんさんとふりそそぐ春の日差しの中でどっしりと座禅を組んでいる大仏の
雄姿は格別なものだった。
残念ながらさすがに頭部のところまで上ることはできなかったものの、空洞になっている胴体の部分に
なんと実際に入れることになっていたのだ!私も父と初めて中に入って大きさといい、広さといい、何とも
言えない風格があって目を見張るものだった。
入口前の石段で(美男におわす)大仏をバックにパチリ。(写真右)
富士山とともに、もしできるとしたら鎌倉もいつか世界遺産になれたらいいなあと思っているのだが・・・・
長谷寺など2、3か所お寺を巡り、そこには桜や色とりどりの花々がきれいに咲き乱れていた。
「ラジオ深夜便の中から聴こえてきたアナウンサーの方と貴方(あなた)の対談に心が、時が止まっ
たように息をするのも忘れたかのように最後まで聞かせて戴きました。しっかりしたお話し声、産んでくれた
お母様への感謝の言葉を聞いて涙がとめどなく流れました。
貴方(あなた)が言うように"生まれないほうがいい命なんてない”、これからどんな苦労があるかも
わからない子育て、その決断に心が打たれたのです。」とあった。
この番組は国連の人権週間にNHKが企画した人権インタビューシリーズ」のなかで最優秀賞
になったとのこと。その賞状には「綾さんの出生前診断に対しての訴えは、彼女だからこその重みと力
強さがあり、生命倫理を巡る今後の議論に一石を投じました」とある。
* 「“どう生まれたかではなくどう生きるか”と言われた言葉が心に残りました。」など
のすばらしい方々からの感想は私にとってとても心強く、これからの講演活動に生かしてい
きたいと思う。
スピーチの終わりに、MAGIC CANDY DROP(魔法のドロップ)の読み聞かせとA
Thousand Winds(千の風になって):ー9・11グラウンドゼロで読まれた詩ーの朗読
に合わせてコラボレーションでピアノを演奏して下さった下園様に感謝!!
4月23日
* 読売新聞西部本社・鹿児島支局の林様より新聞記事(4月2日<火>付)が届く。
私の新型の出生前診断への思いをとてもよくまとめて下さって、嬉しく思った。詳しくは新聞
記事1、2で掲載予定。
3月29日
* 午前11時35分、鹿児島空港から乗り継ぎでセントレア(愛知中部国際)
空港へ。
名鉄名古屋鉄道で岐阜へ。列車から降りて改札口を出ると、川鰭先生
が私たち家族を待って下さっていた。
川鰭先生は昨年10月に週刊文春の取材で来られた医療ジャーナリス
トで写真家の伊藤様のご友人で、今回の講演会の企画をして下さった。
初対面ではあったが、プライベートのご趣味・サッカー観戦(J2のFC岐阜
の熱烈ファン)というとても気さくで笑顔が素敵な先生だった。
真ん中・月野先生、有森先生
人権インタビューシリーズのテーマ『生まれてこないほうがい
い命なんてない』で、私にインタビューの機会を与えて下さった
岩元アナウンサーに感謝!!
反響が大きく、遠く被災地の福島の方から次のような分厚
いお手紙を頂いた。その手紙にはダウン症と分かっていて、産
んで育てておられるお孫さん夫婦のことが書かれていた。
国連が定めた世界ダウン症の日をここ、日本で祝うことになった。世界各国や日本各地の人た
ちが記念すべきイベントに賛同して下さることをとても嬉しく思う。
NHK鹿児島放送局・鹿児島空港報道室の鈴木様と同行。
つづく
3月30日
「生まれてこないほうがいい命なんてないーダウン症のある私からー」講演会in岐阜(長
良国際会議場・国際会議室)
つづく
ラジオ深夜便ならではのスタンドマイク。
初めてのインタビューでドキドキ
3月21日
* 世界ダウン症の日2013の模様が東京テレビのニュースで放映。
この日は聖路加看護大学での夜の講演会だったため、まさか放送されるとは思っていなかっ
たので講演会のあとの夜の交流会からホテルに遅く帰ってきた私たち家族は知らなかったのだ。
残念!!
二ュースを聞かれた方から「テレビを見ました。すばらしかった」など反響が大きく、とても嬉しか
った。
3・21世界ダウン症の日記念講演会(聖路加看護大学)
とてもきれいな大学で、構内も広かった。
100歳で今もなお現役で医師を続けておられる日野原重明先生(昨年7月に逝去)の
聖路加国際病院系列の大学ということで、このような記念すべき日にここでスピーチすること
ができて光栄に思うと同時にとても意義のあるものだった。
講演会模様が地元(鹿児島)の南日本新聞に掲載。
2月9日
福教組大隅支部・第40回大隅支部肝属地域協議会:母女(母と女性教職員)
の会講演会(肝属教育会館・鹿屋)
2月8日
* 翌日(9日)の母女(母と女性教職員)の会講演会を控え、鹿屋のさつき苑に前泊。
冬の極寒の2月の講演に慣れていない私を心配した両親が立ててくれた提案だった。
とても感謝している。
母の知人や多くの方々が極寒の中、インフルエンザが蔓延(まんえん)している中を
会場に足を運んで下さってとても嬉しく思った。
この講演会を企画して下さった実行委員会の皆様に感謝!!
後日、講演会後のアンケートのまとめが届いた。ほとんど全員の方が感想を寄せて
下さったが、どれもすばらしいものだった。
* 「岩元さんの言葉がひとつひとつ心に響きました。“ゆっくり”急かさない~いつ
も心に留めておきたいと思います。」
* 「すばらしいです。自分の子育てを振り返ることもでき、改めて
愛情のすばらしさを感じました。」
2月16日
* 私の叔母(母方の姉)の13回忌(鹿児島市内の西本願寺)
叔母のシスター洋装店時代の方や藤崎様、忠宣おじさんなどとの再会。
3月16日
* 20日(水)に東京・豊島公会堂で行われる世界ダウン症の日イベントを前に、ダウン症
者本人のメッセージを発表する私の密着取材。
イベントの模様が21日に放映された。
3月20日
* 世界ダウン症の日イベント(豊島公会堂)
スローガンと3・21世界ダウン症の日イベント:4名のダウン症者本人
のメッセージ(写真右)
発表者はタレントの安部健太くん、和田恵さん、千野真広くん、そ
して私の4人。
どのメッセージもそれぞれに個性があふれていて、すばらしかった。
* 日産婦(日本産婦人科)指針案のパブリックコメントに新型の出生前診断に対して
反対の立場として、ダウン症者本人としての私の思いを添付メールで送付。
* 私が出演したNHKラジオ深夜便が再放送される。今回もひきつづき反響が大きかった。
思えばこの経験はこれまでの活動を振り返るいいきっかけになり、私にとって意義深いもの
にもなった。これからも新型の出生前診断についても講演活動の中で訴えていきたいと思っ
ている。
2月5日
新年のご挨拶を申し上げます。
最初はこのような記念すべき日に新型の出生前診断に対しての思いをダウン症者本人である私
のような者に本当に話していいのかと不安もあったが、楽屋でのリハーサルでスタッフの清野様をは
じめ4人の発表者の方々が「感動した」、「すばらしかった」など、お声をかけて下さってその心配は吹き
飛んだ。まさに“Step Forward Together!”(みんなで一緒に前へ進んでいこう!)の通り、
自分なりに発表することができた。その時の模様はJDS(日本ダウン症協会)ニュースに次のように
書いている。
「岩元さんは『出生前診断に対しては怒りというよりも悲しみが強い』こと、『生まれてこないほうがい
い命はありません』と話してくれました。『命の重さは皆同じはずです。新型の出生前診断は命の選別
につながる危険が大きいと感じ、反対です!』と強く訴え、会場からの拍手が鳴り止みませんでした。」
(日本ダウン症協会2013年5月号会報より)
メッセージが終わった後もLove Junx(ラブジャンクス)によるダンスやファッションショーなど、い
ろいろたくさんの楽しいイベントがあった。体力的理由から最後まで残らず、大仏のある神奈川・鎌倉
へ。
4月21日
2013・1月17日
長良川・桜街道と講演会
~叔父(母方の兄)の命日に想う~
* 鹿児島子ども研究センター『かごしまの子ども』第30号の原稿「出生前診断」を送付。
この『かごしまの子ども』という冊子は所員の一人・父が所属している鹿児島子ども研究セ
ンター監修の小冊子で、今年で第30号を迎える。その記念号として「子どもといのち」につ
いて、今問題視になっている新型の出生前診断へのダウン症者本人としての私の思いを重
いテーマながら原稿を書くことで何かお役に立てたらとの思いを込めて書かせて頂いた。
父娘で別々なテーマで原稿を書いて送付するのは今までこのような経験を味わうことはな
かったので、これも私にとっていい思い出となった。
由比ヶ浜や江の島など、鎌倉ゆかりの場所も素通りではあったがタクシーの窓から見ることができて
大満足な旅だった。
私学共済の宿・あじさい荘に一泊。静かで、心地よい宿だった。夜の食事もとてもおいしかった(^^)
東京に戻り、築地中央市場に近いホテルにチェックイン。
NHK鹿児島放送局アナウンス部(現・NHKラジオセンター早朝班ディレクター)の岩元様より
私が出演したNHKラジオ深夜便が好評につき、再放送の決定とのお知らせが届く。
昨年の放送で私のところにも「感動と驚きを持って接した」というたくさんのお便りや電話などが寄せ
られた。ご苦労をかけた岩元様に感謝!!
再放送の日時は2月5日(火)午前1時(2月4日<月>の深夜25時台)。
* 読売新聞西部本社・鹿児島支局の林様、来訪・取材。(新型の出生前診断関連)
初めてお会いした林様は新型の出生前診断について、私と同じ反対の立場で強い意志を
持ったベテラン記者さんだった。
4月2日(火)に掲載。詳しくは新聞記事Part2へ
* 草牟田のいとこから叔母(母方の叔母)が亡くなったとの訃報が届く。
家族三人で通夜、葬儀のある鹿児島市内の斎場へ。
2月1日
4月28日
軽妙な司会の笠井
信輔アナウンサー
我が家の今年の年賀状です。今年もどうぞよろしくお願い致します。
3月24日
* 聞くまっしシステム10周年記念冊子の原稿をHP担当の石塚様に送る。
15年前の2005年に2周年記念講演会で石川を訪れて以来、あの時の想い出が甦
ってきて原稿をパソコンで打っていた私の心に熱いものがこみあげてくるようだった。
まず最初にインタビュー。
豊島公会堂で行われるイベントで発表者のひとりとして、ダウン症者本人として
新型の出生前診断への思いを発表する私の思いを話した。鈴木様はいろんな意
味を込めて私の話を静かに聞いておられた。
その後は日課の一環で続けているウォーキングや英語学習などを撮って行かれ
た。
鈴木様も一緒に東京に行かれるとのことで、鹿児島空港から到着場所の羽
田空港まで私をハンディーカメラで撮影するという。
つづく