年号が昭和から平成に変わったころから母体校である国分北小学校の児童数が急激に増え始め、平成8年には1252名(学級数36)にもなりました。増えすぎた児童数を適性にするために、国分北小学校を分離することになり、平成6年12月に用地が取得され、平成7年10月より校舎建築が始まりました。 平成7年12月に、国分北小児童および国分市民に校名募集がなされ、「青葉小学校」という校名が選ばれました。 |
日枝神社 | 日枝神社境内に生育する「青葉の竹」 |
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「青葉」の名の由来は、若くして源平の戦いで命を落とした笛の名手「平敦盛」が愛用していた「青葉の笛」によります。この笛は、青葉小校区内日枝神社境内に生息している台明竹(通称青葉竹)から作られたと伝えられています。 「青葉」の名には、「伸び伸びとした若々しさ」「ゆとりある豊かな情操」「伝統と将来性」の思いが込められています。 |